初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
ジャスティーヌを抱きしめ、なぜアレクサンドラにキスをしたのか、自分の本心を開かそうとしていた矢先に大伯母である公爵夫人に割り込まれ、半ば強引にジャスティーヌと引き離され、別れの挨拶も許されないままサロンに閉じ込められたロベルトは、口惜しさと理不尽な大伯母の裁定に憤っていた。
マントルピースの前をロベルトが行ったり来たりしていると、扉が開いて侍女を伴った大伯母が姿を現した。
「気持ちの落ち着くハーブティーでもお願い」
侍女に命ずると、侍女が出て行ったのを確認してから公爵夫人は自分の愛用の一人掛けのソファーに腰を下ろし、向のカウチに座るように無言でロベルトに指示した。
「今晩の茶番劇はいったい何のつもりなの?」
大伯母の言葉の意味が分からず、ロベルトは首を傾げた。
「あんなに私にねだって、無理やりここで舞踏会を開かせておいて、本命はもう決まっているって、どういうことなの? まさか、あなた双子なのを良いことに、妻を二人迎えるつもりなの?」
大伯母の言葉に、ロベルトは目をぱちくりとしばたたかせた。
「もう、お相手を決めたのなら、焦らさないで早々に発表なさい」
頭ごなしにポンポンと矢継ぎ早に言われ、ロベルトは大伯母の話を止めたくて、思わずティー・テーブルを両手で叩いていた。
激しい音に公爵夫人は、驚いて言葉を飲み込んだ。
「茶番劇なんかじゃありません。僕はジャスティーヌに思い出して貰いたかったんです。僕達が初めて出逢って、恋に落ちた場所を・・・・・・」
「だから、妻を二人迎えるつもりかと訊いているんです」
「そんなわけないでしょう! 僕は、ジャスティーヌの愛があればそれだけでいいんです」
本来、ジャスティーヌの前で言うべき言葉だったが、結局、口にすることができなかった言葉だ。
「でも、あのお嬢さんから聞きましたよ、貴方の本命は彼女ではないと」
「それが、誤解なんです」
『あら、まあ』と公爵夫人はいうと、困ったような表情を浮かべた。
「僕は、彼女の妹に嫌われようと、無礼を働いたんです」
「無礼ねぇ・・・・・・」
興味深そうに公爵夫人が繰り返した。
「ダンスの後、庭の四阿に連れ込んで、無理やり口付けたんです」
公爵夫人がハンカチで口元を覆い、少し顔を背けた。
言ってしまってから、ロベルトは深く後悔した。
ロベルト達の世代ならまだしも、大伯母の世代では、口付けは婚約と同意の行為で、した後からあれは本気ではなかったなど良家の令嬢に言えるような行為ではない。ただ、そのような行為に至っても責任を取ることを拒める、絶対的な立場の人間がこの国には二人だけ居る。それは、国王と王太子の二人、つまり、公爵夫人の時代でも、それをなかったことにできる存在がロベルトと言うことになる。もちろん、誉められたことではないが、若気の至りや、若さ故の過ちは誰しも犯してしまうもので、その都度、責任をとっていたら、城にはハーレムが必要になるし、厳格な一夫一婦制の国であるアイゼンシュタインで、その様なことは認められない。全ては、人に知られず、こっそりでなくてはならない。ましてや、ご落胤などという者は絶対に存在してはいけない。
「で、その破廉恥な行為をしたことを私の前で告白すると言うことは、やはり、そのお嬢さんと婚約するということかしら?」
「違います、僕が愛しているのはジャスティーヌだけです。絶対に、どんなに父上に脅されたって、邪魔されたって、絶対に諦めません」
ロベルトの言葉に、公爵夫人は、激しい頭痛を感じた。
ここまで王太子が熱望している相手がハッキリしているなら、国王の一言で、こんな面倒な六ヶ月もかけた大掛かりな見合いなんてする必要がなかったのに、一体、この親子は会話をしているのだろうかと考えてから、二人の間に立ちはだかる憎々しい王太子付き侍従長の存在を思い出した。
公爵夫人がこめかみを指でマッサージしていると、メイドがカモミールのハーブティーを運んできた。
カップに口をつけても、そう簡単に公爵夫人の頭痛は治まってくれなかった。
「で、あなたの気持ちがそこまで固まっているのに、なぜこんな大袈裟なことになったんです?」
「わかりません。突然父が、僕とアレクサンドラを婚約させると言い出して、僕は必死に説得して、婚約ではなく見合いと言うことにして、ジャスティーヌを相手に選べるようにと画策したんです」
「でも、失敗したわけね」
「はい」
ロベルトは答えると、うなだれた。
「なぜ、最初からあのお嬢さんが好きだと伝えなかったの?」
公爵夫人の質問は、当然の問いだった。
「それは、もし、ジャスティーヌに他に想う相手が居るなら、その男と幸せになれる道を残しておきたくて。なんとか、先にジャスティーヌの気持ちを確かめようと・・・・・・」
「でも、確証が得られなかった」
「はい。ジャスティーヌは、とても控えめで、いつも邪魔なアレクシスに守られているし、二人きりになんて、なることができないんです」
「じゃあ、そのアレクシスという方がお嬢さんの想い人と言うことは?」
「それは、絶対にないと、さっきジャスティーヌに言われました」
「でも、先方の想いは確認できなかったのね」
「はい」
ロベルトは答えると頭を抱えた。
「では、王太子である貴方が、もし彼女に想い人がいるなら身を引くと言うの? この国に王太子妃になれる女性は一人だというのに?」
「彼女が僕を愛していないのに、地位や権力を振りかざして彼女を自分の物にしたいとは思いません」
「王太子妃になるよりも、好きな人と幸せになる方が望ましいと?」
「はい。もし、彼女に他に想う相手が居るのなら、僕は潔く身を引く覚悟はあります」
確かに覚悟はあったが、そんな事は起こらないで欲しいと、ロベルトは心の底から願っていた。
「彼女は僕を憶えていてくれた。でも彼女は、まだ忘れているんです、あの日、僕がプロポーズしたことを、そして、自分が承諾したことを、だから、すべて思い出して貰いたかった」
「つまり、私は馬に蹴られなくてはならないわけね」
「いえ、大伯母様のおかげで、だいぶ彼女に思い出して貰えたんです。でも、彼女はものすごい誤解をしていて、どうやってその誤解を解いて良いか」
「それは難問ね。とにかく、今晩はここに泊まって行きなさい。どうせ、王宮に帰っても、あなたも陛下とあの性悪爺の間では落ち着かないでしょう」
大伯母の言葉に、ロベルトはクスリと笑いをこぼしながら、自分の侍従長が、大伯母にも嫌われているのだと、初めて気付いた。
☆☆☆
マントルピースの前をロベルトが行ったり来たりしていると、扉が開いて侍女を伴った大伯母が姿を現した。
「気持ちの落ち着くハーブティーでもお願い」
侍女に命ずると、侍女が出て行ったのを確認してから公爵夫人は自分の愛用の一人掛けのソファーに腰を下ろし、向のカウチに座るように無言でロベルトに指示した。
「今晩の茶番劇はいったい何のつもりなの?」
大伯母の言葉の意味が分からず、ロベルトは首を傾げた。
「あんなに私にねだって、無理やりここで舞踏会を開かせておいて、本命はもう決まっているって、どういうことなの? まさか、あなた双子なのを良いことに、妻を二人迎えるつもりなの?」
大伯母の言葉に、ロベルトは目をぱちくりとしばたたかせた。
「もう、お相手を決めたのなら、焦らさないで早々に発表なさい」
頭ごなしにポンポンと矢継ぎ早に言われ、ロベルトは大伯母の話を止めたくて、思わずティー・テーブルを両手で叩いていた。
激しい音に公爵夫人は、驚いて言葉を飲み込んだ。
「茶番劇なんかじゃありません。僕はジャスティーヌに思い出して貰いたかったんです。僕達が初めて出逢って、恋に落ちた場所を・・・・・・」
「だから、妻を二人迎えるつもりかと訊いているんです」
「そんなわけないでしょう! 僕は、ジャスティーヌの愛があればそれだけでいいんです」
本来、ジャスティーヌの前で言うべき言葉だったが、結局、口にすることができなかった言葉だ。
「でも、あのお嬢さんから聞きましたよ、貴方の本命は彼女ではないと」
「それが、誤解なんです」
『あら、まあ』と公爵夫人はいうと、困ったような表情を浮かべた。
「僕は、彼女の妹に嫌われようと、無礼を働いたんです」
「無礼ねぇ・・・・・・」
興味深そうに公爵夫人が繰り返した。
「ダンスの後、庭の四阿に連れ込んで、無理やり口付けたんです」
公爵夫人がハンカチで口元を覆い、少し顔を背けた。
言ってしまってから、ロベルトは深く後悔した。
ロベルト達の世代ならまだしも、大伯母の世代では、口付けは婚約と同意の行為で、した後からあれは本気ではなかったなど良家の令嬢に言えるような行為ではない。ただ、そのような行為に至っても責任を取ることを拒める、絶対的な立場の人間がこの国には二人だけ居る。それは、国王と王太子の二人、つまり、公爵夫人の時代でも、それをなかったことにできる存在がロベルトと言うことになる。もちろん、誉められたことではないが、若気の至りや、若さ故の過ちは誰しも犯してしまうもので、その都度、責任をとっていたら、城にはハーレムが必要になるし、厳格な一夫一婦制の国であるアイゼンシュタインで、その様なことは認められない。全ては、人に知られず、こっそりでなくてはならない。ましてや、ご落胤などという者は絶対に存在してはいけない。
「で、その破廉恥な行為をしたことを私の前で告白すると言うことは、やはり、そのお嬢さんと婚約するということかしら?」
「違います、僕が愛しているのはジャスティーヌだけです。絶対に、どんなに父上に脅されたって、邪魔されたって、絶対に諦めません」
ロベルトの言葉に、公爵夫人は、激しい頭痛を感じた。
ここまで王太子が熱望している相手がハッキリしているなら、国王の一言で、こんな面倒な六ヶ月もかけた大掛かりな見合いなんてする必要がなかったのに、一体、この親子は会話をしているのだろうかと考えてから、二人の間に立ちはだかる憎々しい王太子付き侍従長の存在を思い出した。
公爵夫人がこめかみを指でマッサージしていると、メイドがカモミールのハーブティーを運んできた。
カップに口をつけても、そう簡単に公爵夫人の頭痛は治まってくれなかった。
「で、あなたの気持ちがそこまで固まっているのに、なぜこんな大袈裟なことになったんです?」
「わかりません。突然父が、僕とアレクサンドラを婚約させると言い出して、僕は必死に説得して、婚約ではなく見合いと言うことにして、ジャスティーヌを相手に選べるようにと画策したんです」
「でも、失敗したわけね」
「はい」
ロベルトは答えると、うなだれた。
「なぜ、最初からあのお嬢さんが好きだと伝えなかったの?」
公爵夫人の質問は、当然の問いだった。
「それは、もし、ジャスティーヌに他に想う相手が居るなら、その男と幸せになれる道を残しておきたくて。なんとか、先にジャスティーヌの気持ちを確かめようと・・・・・・」
「でも、確証が得られなかった」
「はい。ジャスティーヌは、とても控えめで、いつも邪魔なアレクシスに守られているし、二人きりになんて、なることができないんです」
「じゃあ、そのアレクシスという方がお嬢さんの想い人と言うことは?」
「それは、絶対にないと、さっきジャスティーヌに言われました」
「でも、先方の想いは確認できなかったのね」
「はい」
ロベルトは答えると頭を抱えた。
「では、王太子である貴方が、もし彼女に想い人がいるなら身を引くと言うの? この国に王太子妃になれる女性は一人だというのに?」
「彼女が僕を愛していないのに、地位や権力を振りかざして彼女を自分の物にしたいとは思いません」
「王太子妃になるよりも、好きな人と幸せになる方が望ましいと?」
「はい。もし、彼女に他に想う相手が居るのなら、僕は潔く身を引く覚悟はあります」
確かに覚悟はあったが、そんな事は起こらないで欲しいと、ロベルトは心の底から願っていた。
「彼女は僕を憶えていてくれた。でも彼女は、まだ忘れているんです、あの日、僕がプロポーズしたことを、そして、自分が承諾したことを、だから、すべて思い出して貰いたかった」
「つまり、私は馬に蹴られなくてはならないわけね」
「いえ、大伯母様のおかげで、だいぶ彼女に思い出して貰えたんです。でも、彼女はものすごい誤解をしていて、どうやってその誤解を解いて良いか」
「それは難問ね。とにかく、今晩はここに泊まって行きなさい。どうせ、王宮に帰っても、あなたも陛下とあの性悪爺の間では落ち着かないでしょう」
大伯母の言葉に、ロベルトはクスリと笑いをこぼしながら、自分の侍従長が、大伯母にも嫌われているのだと、初めて気付いた。
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