初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 屋敷に戻ったアーチボルト伯爵が最初に目にしたのは、庭で乳兄妹と剣の稽古に励むアレクサンドラの姿だった。その切れのある身のこなしと、日焼けした肌は、どう見ても深窓の令嬢には見えない。
 アレクサンドラの勇ましい姿に、激しいめまいを感じながら伯爵は執務室へと向かった。
 正直、妻にも娘たちにも、なんとこの話を説明して良いものか、アーチボルト伯爵にもわからない。
 父のただならぬ様子に、ジャスティーヌは母と共に、すぐに父の執務室を訪れた。
 執務机に向かって座る伯爵は、真っ青で、ぶるぶると震えているのが、遠目にも明らかだった。
 毎月、陛下とプライベートでブリッジを楽しむ程、陛下には過分に親しく接していただいているアーチボルト伯爵だが、別に所領もたいして大きくないし、ブリッジに誘われる以外で陛下から特別な温情をかけられているわけでもない。そのため、陛下の良きブリッジ仲間であるにもかかわらず、伯爵家の面々は社交界でも目立たない位、慎ましやかに過ごしてきた。唯一の悪目立ちと言えば、アレクシスの存在くらいだが、わざわざ陛下からの勅命での処罰を受けるようなことは、さすがのアレクサンドラもしていない。
 しかし、名ばかりの勅命で引っ立てられ、このような姿で戻ってくるとなると、まさかの爵位剥奪、領地没収かと、ジャスティーヌも妻のアリシアも、伯爵が口を開くのをただただ黙って待ち続けた。
「もう絶体絶命だ。完全に進退極まった」
 伯爵の言葉に、ジャスティーヌとアリシアが顔を見合わせる。
 『先日、作ったばかりで袖を通していないドレスを売りに出し、貴金属や銀食器をすべて売り払えば、地方に小さな家と農地くらいは購入するお金は工面できるだろう』母と娘は、言葉を交わさず、視線で会話した。
「陛下が、ロベルト王子と婚約させるようにと…」
 振り絞るように話す伯爵に、二人の視線が伯爵に向けられる。
「あなた、ジャスティーヌでしたら、見事にその大役をこなすことが出来ましょう!」
 誇らしそうに言う母に、ジャスティーヌが恥じらいで頬を染めた。
「そうだ、ジャスティーヌなら、なんの問題もない!」
 伯爵も勢い込んで、そう言った。
「では、なぜそのように動揺なさっていらっしゃるのです?」
 アリシアの疑問はもっともであって、もっともではない。なぜなら、伯爵家にはもう一人娘がいることを完全に話題から排除しているからだ。
「陛下は、アレクサンドラをと仰ったのだ」
 伯爵の言葉に、アリシアが『だから、あれほど男の格好なんて許してはなりませんと、何度も申し上げたではありませんか!』と、声を上げる。
 ここで、伯爵のように目の前が暗くならないところが、アリシアの強みともいえる。
「私、アレクサンドラを呼んで参ります」

☆☆☆

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