初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
そんなアントニオの元に、騎手を失くした二頭の馬が戻ってきた。
「良く戻ってきてくれた」
 アントニオは声をかけると、立ち上がって二頭の馬の頭をなぜ、鞍に止めてあった水の入れものを外し、ゆっくりアレクサンドラに水を飲ませた。
「ん・・・・・・」
 かすかな声の後、コクリと何口か水を飲んだアレクサンドラがゆっくりと瞳を開いた。
「体中が痛い・・・・・・」
 アレクサンドラは何度か瞬きしてから、何があったのかを思い出したようだった。
「鞍が傾いて・・・・・・、落馬したのか」
「そうです。覚えていますか?」
 アレクシスが女性だと知ってしまったアントニオは、今までの様に気さくに話すことはできず、どうしても言葉使いが変わってしまった。
「貴殿もドロドロだが、まさか、僕と一緒に落ちたのか?」
「あなたの鞍の留め金が外れるのが見えたので、居てもたってもいられなくなって、あなたを抱き寄せて、一緒に落馬しました」
「僕を抱き寄せて?」
 そこまで言ったアレクサンドラは、アントニウスの話し方が違う事と自分が上着を着ていないことに気付いて慌てて自分の体を見回した。
 上着もベストもボタンをはずされ、薄いシルクのシャツブラウスがむき出しになっていた。

(・・・・・・・・女だとバレた!・・・・・・・・)

 一瞬のうちにアレクサンドラは蒼褪め、両手でベストと上着を体の前で合わせてアントニウスから体を離した。
「レディ、あなたのお名前は?」
 アントニウスは片膝をつき、姿勢を正しながらアレクサンドラに問いかけた。
 その丁寧なアントニウスの物腰が、どんな言い訳をしても通じない決定的な証拠、つまりアレクシスが実は女性であるという事を知られてしまったのだと物語っていた。
 アレクサンドラは必死に頭を巡らせ、何とかこの場をしのぐ言い訳を考えようとした。

☆☆☆

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