初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
またしても見合い中断、そしてアレクシス落馬の知らせに、アーチボルト伯爵の頭を真っ白にしそうなほどのショックを与えた。
 ロベルトからすれば、男なんだから落馬の一度や二度大したことではないといった態度であったが、誘ったのはアレクシスとは言え、その身が放り出されるのを目撃したアントニウスは、ロベルトが呆れるほどアレクシスの体を気遣い、ロベルトはまさかと思いながらも、アントニウスが男色に目覚めたのではと心配させるほどだった。
 結局、厨房で用意させた豪華なランチも紐解かれぬまま王宮に戻ると、アントニウスとロベルトは、ロベルトの自室でピクニック気分も何もないまま冷えたランチボックスの蓋を開けた。
「それにしても、父上の酔狂にはもうつき合いきれないな」
 ロベルトは呟くと、アレクシスにピッタリと体をくっつけて介抱するアレクサンドラの姿を思い出した。
「どう考えても、あの様子ではアレクサンドラ嬢の想いの相手はアレクシスに決まりだと思わないか?」
 ロベルトの問いに、アントニウスは目を見開いた。
「そんなとある訳ないだろう」
 言ってしまってから、アントニウスはロベルトの言うアレクサンドラが、実はアレクサンドラではない事を慌てて頭の隅へと追いやった。
「だが、あのべったりぶりは、何もない男女には思えなくないか?」
 ロベルトの言い分は、確かに二人が男女であれば、可能性の高い話ではあるが、二人が女性の場合は、その限りではないのだが、その事を口に出来ないアントニウスは、なんと言ってロベルトの追求から逃げようかと思案した。
「ロベルト、この際、二人の仲が親密かどうかは問題ではないのではないかな?」
「どういう意味だ! 一応、王太子であるこの僕が見合い相手に選ばれているんだぞ、それなのに、この僕の目の前でイチャイチャと見せつけるなんて、不敬だと思わないか?」
「まあ、そういう観点から見ればそうかもしれないけれど、逆に発想を展観したらいいのではないか?」
「王太子が、たかが伯爵家の遠縁に当たるだけの爵位もない若造にバカにされたんだぞ!」
 ロベルトの怒りは、日頃のジャスティーヌの奪い合いの延長炎上にあるらしく、簡単には引きそうにもなかった。
「よく考えてみたらどうかだい? だって、君の前であの二人は憚ることなく親密だったってことは、アレクシスとジャスティーヌ嬢の間は全く取り越し苦労ということだろ?」
 アントニウスの言葉に、ロベルトは改めてアレクシスとアレクサンドラの事を考えた。
「確かに、いつも僕のジャスティーヌなんて軽口をたたいているくらいだから、ジャスティーヌのことを本命だとアレクシスが考えているなら、いくら双子でも妹嬢の好意はそのまま受け入れたりはしないか」
 そこまで言うと、ロベルトは利き手を顎に当ててしばらく黙り込んだ。
「お世話になっている伯爵のお膝元で倍率の高いレディを誘惑しなくても、ライバルの居ない妹君の方が簡単で、確実だと思うが、ロベルトはどう思う?」
 畳みかけるように言うアントニウスに、ロベルトは無意識のうちに頷いていた。
 言われてみれば、確かにジャスティーヌを狙うとすれば、社交界に敵ばかり。ましてや今回の見合いだ、それを考えれば、大人しく家にこもりっきりのアレクサンドラ嬢の方が口説くのも楽だし、いずれ伯爵家には跡取りが必要で、どちらかの娘に婿をということになるのが目に見えている。それを現実的に考えるのなら、確かに、アントニウスが言うとおり、高嶺の花のジャスティーヌを狙うよりも、アレクサンドラを狙った方が確実に伯爵家の跡取りになれる。まあ、そこまで女遊びの激しいアレクシスが計算高いかは別として、それがそうなら、ジャスティーヌが万が一にもアレクシスのことを本気で愛しているかもしれないというロベルトの心配は不要のものとなる。
「アントニウス、だが、アレクシスが一人の女性で我慢できる男に見えるか?」
 華々しい、アレクシスの女遊びというか、女性遍歴は、知らない者はないという感じなのだから、ロベルトの不安がそう簡単にぬぐい去れないのも仕方がない。
「それを言ったら、君はどうなるロベルト」
「社交界の女性の相手をするのも、王子の仕事の一つだ」
 ロベルトは、自分の流した浮き名の数を王子の義務として水に流そうとした。
「あれだけ、華々しく色々な既婚女性を相手にしておいて、本命はジャスティーヌ嬢ただ一人なのだろう?」
「当たり前だ。だから、ジャスティーヌに誤解されないよう、独身女性とは親密にならないようにしてきたんだ!」
 ロベルトは完全に自分を正当化しているが、その事でジャスティーヌがどれほど心を痛めていたか、そして、ジャスティーヌの思い人がロベルトだとわかってから、どれほどアレクサンドラの怒りを買ったかは、全く考えていないロベルトだった。
「ロベルト、君は僕と違って一国の王子だからね、たぶん、ジャスティーヌ嬢もあきらめてくれると思うが、ここはタリアレーナ王国ではないのだから、やはり君の流した浮き名の数はジャスティーヌ嬢の君の遍歴に傷ついたと思うが・・・・・・」
 正直なアントニウスの言葉に、ロベルトはドキリとして冷や汗を流し始めた。
「もしかして、誠実な夫にはならないと思われているだろうか?」
 真剣に問いかけるロベルトは、既にアレクシスの一件など忘れてしまっているようだった。
「僕はジャスティーヌ嬢とは話もしたことがないからねぇ、もし、心配ならばアレクシスの見舞いに伺いながら、さり気なくジャスティーヌ嬢の気持ちを聞いてみても良いが・・・・・・」
「ダメだ!」
 ロベルトは、きっぱりと言い放った。
「君が一人で伯爵家に出入りするのは、絶対ダメだ!」
 あまりのことに、アントニウスが目をしばたいた。
「万が一、誠実にアレクシスを見舞う君にジャスティーヌが心を寄せては困る」
「いくらなんでも、それはないだろう?」
「いや、ジャスティーヌは情け深いものに弱い」
「だからといって、誰でも彼にでも好意を抱くわけではないだろう?」
「もう少しで、タリアレーナの大使の息子と婚約させられそうになったことがあるんだ。それをアレクシスと共同戦線を張って、なんとか防いだんだからな」
 何だかんだと言いながら、ジャスティーヌの為になら、共同戦線を張れるほど仲が良いのではないかと、アントニウスは安心したものの、公式に伯爵家への立ち入りをする事は難しいなと心の中で舌打ちをした。
「だが、やはり、アレクシスの見舞いには伺いたいのだが・・・・・・」
「アントニウス、まさか、ジャスティーヌ狙いじゃないだろうな?」
「いや、隣国の次期国王陛下の怨みを買うようなまねをするつもりはないよ。それに、なんと言っても、身内だからね。従弟の幸せを願っても、不幸は望まないよ」
 アントニウスが言うと、ロベルトはそれはそうだと言った表情を浮かべた。
「一度くらいは構わないが、足繁く通うのはダメだぞ」
 ロベルトは念を押すように言った。
「かしこまりました」
 アントニウスは臣下の礼をとり、ロベルトは軽く笑みを浮かべてランチボックスにぎっしりと詰められた食品を口に運んだ。

☆☆☆

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