初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「ジャスティーヌ!」
救いの神とばかりに、伯爵がジャスティーヌの名を呼ぶと、アリシアはコホンと咳払いして、怒涛の怒りを鎮めた。
「お父様、僕にお話?」
令嬢らしさの欠片もないアレクサンドラの言葉に、伯爵は再び目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
「アレクサンドラ、陛下から直々のお言葉で、あなたをロベルト王子と婚約者にとのことです」
アリシアが、手短にかいつまんで説明する。
しかしアレクサンドラといえば、自分の結婚話だというのに、まるで他人ごとのようで、耳の下でバッサリと切り揃えた髪を指でいじりながらジャスティーヌのことを見つめた。
「この際、ジャスティーヌが身代わりをするしかないでしょ」
アレクサンドラの言葉にジャスティーヌは絶句した。
幼い頃、父に連れて行って貰った王宮で初めて出会ったロベルト王子。その後も何度か舞踏会で言葉を交わすこともあったが、弱小伯爵家令嬢では、公爵家の人々を差し置いてお話をする事も、侯爵家の令嬢を差し置いてダンスをする事もできず、更に番犬のようにつきまとうアレクシスもとい、アレクサンドラのおかげで、いつも踊るのはアレクサンドラとだけ。
だから社交界では、従兄弟のアレクシスを養子に迎え、ジャスティーヌと結婚させて跡取りにするのだろうと言う、勝手な噂まで流れるようになり、年を重ねる度にロベルト王子はジャスティーヌにとって手の届かない、遠い存在の王子となってしまっていた。
一体、自分の何がいけなくて、アレクサンドラがロベルト王子の婚約者に選ばれたのだろうと、ジャスティーヌは考えてしまった。だから、アレクサンドラのジャスティーヌ身代わり案も、ジャスティーヌには理解することが出来なかった。
「だって今更、僕が女の子に戻るって、無理じゃない? 僕は男より女の子の方が好きだし。それに、数日で僕の髪の毛がジャスティーヌのように長くなるわけじゃないんだから。大体、急にアレクシスが消えたら、それこそみんなが疑問に思うでしょ。でも、ジャスティーヌが突然姿を見せなくなっても、皆は勝手に妹の嫁入り準備があるからとか、都合よく考えてくれるよ」
アレクサンドラは、まるで他人ごとのように、しれっと言ってのけた。
社交界デビュー前の十二、十三の娘にも結婚の話がある昨今、十六をとうに過ぎた二人に、今まで結婚話がなかったことの方が珍しい。
いや正確には、結婚話は山ほど来ていたのだが、アラクサンドラがアレクシスとして振る舞っている以上、どちらの娘も嫁に出せない。アレクサンドラが娘らしくなるまではどちらの縁談も見合わせようと言うのが、伯爵夫妻の苦肉の決断だった。
正直、伯爵夫妻も十五を過ぎれば、十六になれば、十八の声を聞けば、さすがにアレクサンドラといえども女らしさを取り戻し、大人しく髪を伸ばして結婚準備をするだろうと祈るような気持ちで信じていたが、結局、今日に至るまでアレクサンドラが女の子らしくなることはなく、十九を迎えた日、伯爵はジャスティーヌに婿をもらい、アレクサンドラは修道院に送ろうと、アリシアに内緒で決意したほどだ。
「と言うことで、ジャスティーヌ、ロベルト王子との婚約よろしくね」
笑顔のアレクサンドラに肩を叩かれ、ジャスティーヌは、はっとして顔を上げた。
「わかったわ、アレクサンドラ。あなたの髪が伸びるまで、私が代わりに殿下の婚約者として振る舞うわ。でも、髪が伸びたら、殿下と結婚するのは私じゃなくあなたよ!」
いつになくキツいジャスティーヌの言葉にアレクサンドラが目をむいた。
「ちょっと待ってよ、ジャスティーヌ。僕に王子と結婚しろって言うの?」
「仕方ないでしょ。陛下の決められたことなんだから」
ジャスティーヌが吐き出すように言った。
「そのまま、ジャスティーヌが結婚すれば良いじゃないか」
そんなジャスティーヌに、アレクサンドラが投げやりに答える。
「嫌よ! 私は嫌!」
とりつく島もないジャスティーヌの拒絶に、さすがの伯爵夫妻もアレクサンドラも驚いてジャスティーヌの事をみつめた。
「私は嫌よ。あなたの代わりに結婚するなんて、絶対に嫌! あなたの名前で愛を囁かれ、死ぬまで一度も夫から自分の名前を呼ばれることなく、あなたの名前の書かれたお墓に入れられるなんて、絶対にイヤ!」
ジャスティーヌは言うと、泣きながら部屋を飛び出していった。
「まさか、ジャスティーヌには心に決めた相手が居るのか?」
伯爵の問いに、アレクサンドラが首をかしげて見せる。
「そんなことより、お父様、結婚の話なんて断ってきてよ! 僕は、王子と結婚なんて、絶対にイヤだから。可愛い女の子なら良いけど、男なんて、やだよ」
アレクサンドラの言葉に、今まで黙していたアリシアの怒りが再び爆発した。
「そこにお座りなさい!」
なぜか、アレクサンドラだけでなく、伯爵も並んで座らさせられ、アリシアの怒りのハリケーンに曝されたとは、泣きながら執務室を走り出たジャスティーヌは思ってもいなかった。
☆☆☆
救いの神とばかりに、伯爵がジャスティーヌの名を呼ぶと、アリシアはコホンと咳払いして、怒涛の怒りを鎮めた。
「お父様、僕にお話?」
令嬢らしさの欠片もないアレクサンドラの言葉に、伯爵は再び目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
「アレクサンドラ、陛下から直々のお言葉で、あなたをロベルト王子と婚約者にとのことです」
アリシアが、手短にかいつまんで説明する。
しかしアレクサンドラといえば、自分の結婚話だというのに、まるで他人ごとのようで、耳の下でバッサリと切り揃えた髪を指でいじりながらジャスティーヌのことを見つめた。
「この際、ジャスティーヌが身代わりをするしかないでしょ」
アレクサンドラの言葉にジャスティーヌは絶句した。
幼い頃、父に連れて行って貰った王宮で初めて出会ったロベルト王子。その後も何度か舞踏会で言葉を交わすこともあったが、弱小伯爵家令嬢では、公爵家の人々を差し置いてお話をする事も、侯爵家の令嬢を差し置いてダンスをする事もできず、更に番犬のようにつきまとうアレクシスもとい、アレクサンドラのおかげで、いつも踊るのはアレクサンドラとだけ。
だから社交界では、従兄弟のアレクシスを養子に迎え、ジャスティーヌと結婚させて跡取りにするのだろうと言う、勝手な噂まで流れるようになり、年を重ねる度にロベルト王子はジャスティーヌにとって手の届かない、遠い存在の王子となってしまっていた。
一体、自分の何がいけなくて、アレクサンドラがロベルト王子の婚約者に選ばれたのだろうと、ジャスティーヌは考えてしまった。だから、アレクサンドラのジャスティーヌ身代わり案も、ジャスティーヌには理解することが出来なかった。
「だって今更、僕が女の子に戻るって、無理じゃない? 僕は男より女の子の方が好きだし。それに、数日で僕の髪の毛がジャスティーヌのように長くなるわけじゃないんだから。大体、急にアレクシスが消えたら、それこそみんなが疑問に思うでしょ。でも、ジャスティーヌが突然姿を見せなくなっても、皆は勝手に妹の嫁入り準備があるからとか、都合よく考えてくれるよ」
アレクサンドラは、まるで他人ごとのように、しれっと言ってのけた。
社交界デビュー前の十二、十三の娘にも結婚の話がある昨今、十六をとうに過ぎた二人に、今まで結婚話がなかったことの方が珍しい。
いや正確には、結婚話は山ほど来ていたのだが、アラクサンドラがアレクシスとして振る舞っている以上、どちらの娘も嫁に出せない。アレクサンドラが娘らしくなるまではどちらの縁談も見合わせようと言うのが、伯爵夫妻の苦肉の決断だった。
正直、伯爵夫妻も十五を過ぎれば、十六になれば、十八の声を聞けば、さすがにアレクサンドラといえども女らしさを取り戻し、大人しく髪を伸ばして結婚準備をするだろうと祈るような気持ちで信じていたが、結局、今日に至るまでアレクサンドラが女の子らしくなることはなく、十九を迎えた日、伯爵はジャスティーヌに婿をもらい、アレクサンドラは修道院に送ろうと、アリシアに内緒で決意したほどだ。
「と言うことで、ジャスティーヌ、ロベルト王子との婚約よろしくね」
笑顔のアレクサンドラに肩を叩かれ、ジャスティーヌは、はっとして顔を上げた。
「わかったわ、アレクサンドラ。あなたの髪が伸びるまで、私が代わりに殿下の婚約者として振る舞うわ。でも、髪が伸びたら、殿下と結婚するのは私じゃなくあなたよ!」
いつになくキツいジャスティーヌの言葉にアレクサンドラが目をむいた。
「ちょっと待ってよ、ジャスティーヌ。僕に王子と結婚しろって言うの?」
「仕方ないでしょ。陛下の決められたことなんだから」
ジャスティーヌが吐き出すように言った。
「そのまま、ジャスティーヌが結婚すれば良いじゃないか」
そんなジャスティーヌに、アレクサンドラが投げやりに答える。
「嫌よ! 私は嫌!」
とりつく島もないジャスティーヌの拒絶に、さすがの伯爵夫妻もアレクサンドラも驚いてジャスティーヌの事をみつめた。
「私は嫌よ。あなたの代わりに結婚するなんて、絶対に嫌! あなたの名前で愛を囁かれ、死ぬまで一度も夫から自分の名前を呼ばれることなく、あなたの名前の書かれたお墓に入れられるなんて、絶対にイヤ!」
ジャスティーヌは言うと、泣きながら部屋を飛び出していった。
「まさか、ジャスティーヌには心に決めた相手が居るのか?」
伯爵の問いに、アレクサンドラが首をかしげて見せる。
「そんなことより、お父様、結婚の話なんて断ってきてよ! 僕は、王子と結婚なんて、絶対にイヤだから。可愛い女の子なら良いけど、男なんて、やだよ」
アレクサンドラの言葉に、今まで黙していたアリシアの怒りが再び爆発した。
「そこにお座りなさい!」
なぜか、アレクサンドラだけでなく、伯爵も並んで座らさせられ、アリシアの怒りのハリケーンに曝されたとは、泣きながら執務室を走り出たジャスティーヌは思ってもいなかった。
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