初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
豪華な公爵家の紋章入りの馬車で乗り付けると、すぐにアーチボルト伯爵家の家令が玄関口でアントニウスを迎えてくれた。
 家令は丁寧にアントニウスの訪問の詳細を確認すると、アントニウスを屋敷の中へと案内してくれた。
 入り口に並んで控えているメイドが家令の指示に従い、アントニウスの馬車に載っている見舞いの品を次々に運んできた。
「アレクシス様より、直接、お部屋にご案内するようにと申しつかっております。どうぞ、こちらへ」
 家令は言うと、先に立って歩き始めた。
 広い階段をのぼり廊下を進むアントニウスの後ろを見舞いの品を抱えたメイドが続く。
「こちらでございます」
 家令はドアーの前で立ち止まると、ノックをしてから声をかけた。
「アレクシス様、アントニウス様をご案内いたしました」
「入って」
 女性にしては低めだけれど、美しい響きのアレクサンドラの声に家令はドアーを開けてアントニウスに入るように促した。
「やあ、アレクシス。痛みは少し良くなったかな?」
 アントニウスは声をかけながら部屋を見回したが、デスクの前にアレクサンドラの姿はなく『申し訳ないのですが、痛みが酷く横になっているんです』という声に弾かれるようにして寝台を見ると、まだ顔色の悪いアレクサンドラが横になっていた。
 思わず、寝台に駆け寄ってその手を取りたいという衝動に駆られたが、まだメイド達が見舞いの品を運んでいるところだったので、アントニウスは必死に衝動を抑えた。
「大した見舞いの品も用意できなかったので申し訳ないのだが・・・・・・」
 アントニウスがそこまで言ったところへメイドが花束を持って入ってきた。
「僕に花を?」
 アレクサンドラの瞳が鋭く光り、アントニウスはアレクサンドラの言わんとしている事を察した。
「ああ、すまない君、その花はジャスティーヌ嬢に。大切な従弟のアレクシス殿にお怪我をさせてしまったお詫びです」
「かしこまりました」
 メイドは言うと、すぐに花束を持って退出した。
「これは、ワインとチーズ。怪我には栄養の高いものと、痛み止めにはアルコールと言うところだよ。女性へのプレゼントは思いついても、男友達への見舞いには、ちっとも頭が回転しなくてね。こんなところで許してくれたまえ」
 茶化すようにアントニウスが言うと、アレクサンドラは笑みを浮かべた。
「後で、美味しく戴かせて戴きますよ。・・・・・・戴いた品をそこに。それから、アントニウス殿にお茶でもご用意してくれ」
「かしこまりました」
 家令は一礼すると、メイドを伴って部屋を出て行った。
 すぐにでも寝台の傍によってアレクサンドラの怪我の状態を確認したいとアントニウスは思ったが、他の誰かに二人の距離を疑われることがないようにと、とりあえず手近にあった椅子に腰を下ろした。
「やはり、あなたは公爵家の嫡男なんですね」
 アレクサンドラの言葉に、アントニウスは自分が勧められてもいないのに、勝手に椅子に座るという不躾な行動をとってしまったことに気付いた。
「申し訳ない。お茶を戴くとなると、まだ誰かが部屋に来るかもしれないと思って、あなたとの距離を測りかねていたのです」
 もう少しで、情熱的にアレクサンドラの顔色の悪さに動転し、すぐにでも寝台の前に跪いてあなたの具合を確かめたかったと、熱弁をふるいそうになったところでノックの音が二人の会話を遮った。
「どうぞ」
 アレクサンドラが言うと、ドアーが開いてメイドを伴ったジャスティーヌが姿を現した。
「これはこれは、ジャスティーヌ嬢!」
 驚いて椅子から立ち上がると、椅子が床を滑り、大きな音を立てた。
「わざわざお見舞いにいらしてくださったうえ、私にまでお心づかいを戴き、ありがとうございました。でも、あの花束は私ではなく、アレクサンドラへの間違いでは?」
 ジャスティーヌの問いに、アントニウスは『ああ、私としたことが』と言いながら額に手を当てた。
「申し訳ございませんでした、ジャスティーヌ嬢。あの花は、確かにアレクサンドラ嬢にお持ちしたものです。私としては、ジャスティーヌ嬢にも是非お花を贈らせて戴きたいところなのですが、きつくロベルト殿下に釘を刺されておりまして」
「ロベルト殿下に?」
「はい。殿下の想い人に花を贈るなど、たとえ従兄妹であっても許されないと」
 アントニウスの言葉に、ジャスティーヌの頬が赤く染まった。
「そんな、お戯れを・・・・・・」
「いえ、私は嘘は申しません。何しろ、アレクシスを見舞うのにも、殿下の許可がいるのです。このお屋敷には、殿下の見合い相手であるアレクサンドラ嬢と想い人であるジャスティーヌ嬢が住まわれているので、この私が悪い虫になっては困ると」
「そんな・・・・・・」
 ジャスティーヌは恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「どうぞ、もうお部屋にお戻りください。このアントニウス、ロベルト殿下にお手打ちにはなりなくございません」
「どうぞ、ごゆっくりなさって行ってください。父も母も、是非、お話ししたいと申しております。ですが、アレクシスは、医師から絶対安静と申しつけられておりますので、その点はご理解ください」
「かしこまりました」
 アントニウスは優雅にお辞儀をして見せた。
「では、失礼致します」
 ジャスティーヌはメイドを連れてすぐに部屋から出て行った。
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