初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
庭に出たアントニウスは、人気のなさそうな噴水の近くへとアレクサンドラを導いていった。
「いったい、どういうつもりなんだ!」
噴水の前に就くなり、アントニウスは声を荒立てた。
「どういうつもりって・・・・・・」
アントニウスの怒りが分からないアレクサンドラは、答えに詰まってアントニウスのことを見つめた。
「確かに、男の姿で居るようにと言ったのは私だが、誰にでも君の体を触らせていいとは言っていない」
そこまで言われ、アレクサンドラにも突然抱き着いてきたジェームズのことをアントニウスが言っているのだと理解することができた。
「それは、他の人間には聞かれたくない話があったからです」
アレクサンドラはまじめに答えたのだが、アントニウスはそれを嫌味と受け取ったようだった。
「では、この私にも、サロンで君に抱き着けと?」
「違います。そんなことは言っていません」
アレクサンドラは慌てて頭を横に振った。
「よくわかったよ。君が男であるということは、君の周りをうろつく邪魔者にも機会を与えてしまうだけだと」
嫉妬の炎が激しく胸を焦がしているアントニウスは、今まで自分の連れに嫉妬する女性達をいなすことには慣れていたが、自分の嫉妬の炎をいなす方法には長けていなかった。
「どういう意味です?」
アレクサンドラは訳が分からず、アントニウスに問い返した。
「もう、あなたの遊びの時間は終わりだということです」
アントニウスの言葉に、アレクサンドラはゾクリと背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「アレクシス、君は自分の田舎に帰るべきだ」
「!」
驚きのあまり、アレクサンドラは次の言葉を継げなかった。
「君がいると、伯爵も後継者探しにこまられる、そう考えたことはないのかい? 居候は居候らしく、分をわきまえたまえ。今度君が社交界に姿を出したら、私はそれ相応の対応をすることにする」
それだけ言うと、アントニウスはアレクサンドラを置いて、一人屋敷の方へと帰っていった。
アレクサンドラは一人、噴水のふちに腰を下ろした。
大理石の冷たさが、トラウザーの生地を通してアレクサンドラの足を冷やし、風に吹かれて舞ってくる細かな水滴がアレクサンドラの頬を濡らした。
アントニウスの怒りも、突然の田舎へ帰れ発言も、アレクサンドラにはまったく意味が分からなかったが、ただ一つ、もしこのままアレクシスとして社交界に姿を現し続ければ、アントニウスが秘密をばらすつもりだということだけは理解できた。
月を写す噴水の水に手を伸ばすと、手が届きそうな月が瞬いては姿を消した。
(・・・・・・・・男の体も、男としての暮らしも、僕にとっては手が届きそうで手が届かない月みたいなもの・・・・・・。所詮、僕は水に映った月と同じ、本物じゃない・・・・・・・・)
涙が溢れ、月の形を歪める。
(・・・・・・・・いけない、僕はアレクシス。男がなくなんて、あり得ない・・・・・・・・)
アレクサンドラは噴水の水に手をつけると、一すくいの水を顔にパシャリとかけた。
(・・・・・・・・誰にも見られちゃいけない。誰にも泣いていたことを知られちゃいけない。だって、今の僕はアレクサンドラじゃなく、アレクシスだから・・・・・・・・)
水と涙がまざり、顔を幾筋ものしずくが流れていった。
(・・・・・・・・僕は、ただ僕で居たいだけなのに。そのことが、お父様や、ジャスティーヌをくるしめているなんて・・・・・・・・)
再び涙が溢れそうで、アレクサンドラは必至で涙を堪えた。
アレクサンドラが、もう一すくい、水をパシャリと顔にかけたところに、ドレスの裾を揺らしてロザリンドが姿を現した。
「アレクシス! よかった」
ロザリンドは言うと、アレクサンドラのそばに歩み寄り、ハンカチを差し出した。
「ありがとう、ロザリンド嬢」
ハンカチを受け取ると、アレクサンドラは顔を濡らしていた水を拭いた。
「ジェームズがサロンでトラブルを起こしたみたいで、さっきピエートルさんがジェームズを連れて帰っていったの」
ロザリンドは言いながら、アレクサンドラの隣に腰を下ろした。
「ジェームズに、結婚の話が出ていることは?」
「知っています。でも、私は、ジェームズのことが・・・・・・」
そこまで言うと、ロザリンドは両手で顔を覆った。
アレクサンドラは、優しくロザリンドの肩を抱き寄せた。
「泣かないでロザリンド。あなたのお父様さえ説得できれば、ジェームズのことはどうにでもなります」
「それが、お父様は、私をあの殿下の従兄のアントニウス様のところに嫁がせようとなさっているの」
聞きたくもないアントニウスの名を聞き、アレクサンドラは一気に機嫌を悪くした。
冷静になって考えれば、そんなことはロザリンドの父がジェームズのことをあきらめさせるために言い出したことだと、身分に差がありすぎて、お話にならない事だとわかったはずなのに、アレクサンドラはそれがアントニウスの不誠実さの現れで、ひいては、ロベルトのジャスティーヌへの不誠実さにつながるかの如く腹を立てていた。
「ああ、アレクシス、これから私はどうしたらいいの・・・・・・」
ロザリンドは言うなり泣き崩れ、アレクサンドラは自分の足に伏して泣くロザリンドの背を優しくなでてやった。
その姿は、許されざる恋をしている恋人同士の嘆きのようにも見えた。
☆☆☆
「いったい、どういうつもりなんだ!」
噴水の前に就くなり、アントニウスは声を荒立てた。
「どういうつもりって・・・・・・」
アントニウスの怒りが分からないアレクサンドラは、答えに詰まってアントニウスのことを見つめた。
「確かに、男の姿で居るようにと言ったのは私だが、誰にでも君の体を触らせていいとは言っていない」
そこまで言われ、アレクサンドラにも突然抱き着いてきたジェームズのことをアントニウスが言っているのだと理解することができた。
「それは、他の人間には聞かれたくない話があったからです」
アレクサンドラはまじめに答えたのだが、アントニウスはそれを嫌味と受け取ったようだった。
「では、この私にも、サロンで君に抱き着けと?」
「違います。そんなことは言っていません」
アレクサンドラは慌てて頭を横に振った。
「よくわかったよ。君が男であるということは、君の周りをうろつく邪魔者にも機会を与えてしまうだけだと」
嫉妬の炎が激しく胸を焦がしているアントニウスは、今まで自分の連れに嫉妬する女性達をいなすことには慣れていたが、自分の嫉妬の炎をいなす方法には長けていなかった。
「どういう意味です?」
アレクサンドラは訳が分からず、アントニウスに問い返した。
「もう、あなたの遊びの時間は終わりだということです」
アントニウスの言葉に、アレクサンドラはゾクリと背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「アレクシス、君は自分の田舎に帰るべきだ」
「!」
驚きのあまり、アレクサンドラは次の言葉を継げなかった。
「君がいると、伯爵も後継者探しにこまられる、そう考えたことはないのかい? 居候は居候らしく、分をわきまえたまえ。今度君が社交界に姿を出したら、私はそれ相応の対応をすることにする」
それだけ言うと、アントニウスはアレクサンドラを置いて、一人屋敷の方へと帰っていった。
アレクサンドラは一人、噴水のふちに腰を下ろした。
大理石の冷たさが、トラウザーの生地を通してアレクサンドラの足を冷やし、風に吹かれて舞ってくる細かな水滴がアレクサンドラの頬を濡らした。
アントニウスの怒りも、突然の田舎へ帰れ発言も、アレクサンドラにはまったく意味が分からなかったが、ただ一つ、もしこのままアレクシスとして社交界に姿を現し続ければ、アントニウスが秘密をばらすつもりだということだけは理解できた。
月を写す噴水の水に手を伸ばすと、手が届きそうな月が瞬いては姿を消した。
(・・・・・・・・男の体も、男としての暮らしも、僕にとっては手が届きそうで手が届かない月みたいなもの・・・・・・。所詮、僕は水に映った月と同じ、本物じゃない・・・・・・・・)
涙が溢れ、月の形を歪める。
(・・・・・・・・いけない、僕はアレクシス。男がなくなんて、あり得ない・・・・・・・・)
アレクサンドラは噴水の水に手をつけると、一すくいの水を顔にパシャリとかけた。
(・・・・・・・・誰にも見られちゃいけない。誰にも泣いていたことを知られちゃいけない。だって、今の僕はアレクサンドラじゃなく、アレクシスだから・・・・・・・・)
水と涙がまざり、顔を幾筋ものしずくが流れていった。
(・・・・・・・・僕は、ただ僕で居たいだけなのに。そのことが、お父様や、ジャスティーヌをくるしめているなんて・・・・・・・・)
再び涙が溢れそうで、アレクサンドラは必至で涙を堪えた。
アレクサンドラが、もう一すくい、水をパシャリと顔にかけたところに、ドレスの裾を揺らしてロザリンドが姿を現した。
「アレクシス! よかった」
ロザリンドは言うと、アレクサンドラのそばに歩み寄り、ハンカチを差し出した。
「ありがとう、ロザリンド嬢」
ハンカチを受け取ると、アレクサンドラは顔を濡らしていた水を拭いた。
「ジェームズがサロンでトラブルを起こしたみたいで、さっきピエートルさんがジェームズを連れて帰っていったの」
ロザリンドは言いながら、アレクサンドラの隣に腰を下ろした。
「ジェームズに、結婚の話が出ていることは?」
「知っています。でも、私は、ジェームズのことが・・・・・・」
そこまで言うと、ロザリンドは両手で顔を覆った。
アレクサンドラは、優しくロザリンドの肩を抱き寄せた。
「泣かないでロザリンド。あなたのお父様さえ説得できれば、ジェームズのことはどうにでもなります」
「それが、お父様は、私をあの殿下の従兄のアントニウス様のところに嫁がせようとなさっているの」
聞きたくもないアントニウスの名を聞き、アレクサンドラは一気に機嫌を悪くした。
冷静になって考えれば、そんなことはロザリンドの父がジェームズのことをあきらめさせるために言い出したことだと、身分に差がありすぎて、お話にならない事だとわかったはずなのに、アレクサンドラはそれがアントニウスの不誠実さの現れで、ひいては、ロベルトのジャスティーヌへの不誠実さにつながるかの如く腹を立てていた。
「ああ、アレクシス、これから私はどうしたらいいの・・・・・・」
ロザリンドは言うなり泣き崩れ、アレクサンドラは自分の足に伏して泣くロザリンドの背を優しくなでてやった。
その姿は、許されざる恋をしている恋人同士の嘆きのようにも見えた。
☆☆☆