初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「どうしたらいいの、アレク!」
 ドレスとコルセットという縛りから解放されたジャスティーヌは、同じく軽装に着替えたアレクサンドラに抱き着くようにして問いかけた。
「ああ、アントニウスのこと?」
 双子だからなのか、主語のないジャスティーヌの問いも、アレクサンドラには手に取るようにして理解することができた。
「私に、一目ぼれだなんて! そんなのあり得ないわ!」
 アレクサンドラには、アントニウスの言うアレクサンドラかジャスティーヌのことではなく、自分のことだとわかっていることもあり、ジャスティーヌの騒ぎ方が大袈裟な気もしたが、ジャスティーヌに隠し事を見透かされないようにするため、その大騒ぎに付き合うことにした。
「たぶん、もう僕がアレクシスで居られるのは、時間の問題だと思うよ」
「そうなの?」
「紳士のサロンでも、深層の姫君とかなんとか、ジャスティーヌ嬢に瓜二つなら、万が一殿下にジャスティーヌ嬢を盗られても、まだ望みがあるとかないとか、若手貴族の話題にも上っていたからね。第一、お父様の話では、今晩だって、本当は僕とジャスティーヌじゃなく、アレクサンドラと二人って希望されてたらしいし」
「それは、私もお父様から聞いたわ。それに、殿下から、アントニウス様が家に出入りしていないかって、しつこく尋ねられたの。やっぱり、陛下にお話を通さないまま、アレクサンドラに一目ぼれしたなんて話し、社交界でしたのは不用心すぎたのではないかしら」
 真剣にアントニウスの事を心配しているジャスティーヌに『あんな男、馬にけられて死んでくれたら、ホッとするのに』と言ってしまいそうになりながら、必死にアレクサンドラは言葉を飲み込んだ。
「さすがに、身内じゃ陛下も何もしないでしょう。大体、従妹を人質に取られているわけだし、いきなり戦争ってこともないでしょう。たかが、侯爵家なんだし」
 アレクサンドラはジャスティーヌを宥めようと、適当に思いつくままのことを口にした。
「そうね。確かに、いきなり戦争ということはないと思うけど。あちらの国とはせっかく血縁関係を結んで和平のきずなを太くしようとしたのに、アントニウス様のお父様がどうしてもって言い張って、あちらの皇嗣(こうし)があきれて身を引かれたって逸話もあるくらいだから、もともと両国の絆を深めないといけない懸念事項がいくつかあったんだけど・・・・・・」
 男勝りというか、その辺ののらりくらりと生きている貴族の子弟よりも政治に強いジャスティーヌに、アレクサンドラは自分も男の振りだけではなく、こういった政治だの経済だのと言う難しい事にも興味をもって、本当の男になれるくらいの知識を身に着けていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないと、今更ながらに勉強するジャスティーヌを一人屋敷に残して遊び歩いていた自分の生活を後悔した。
「僕は、そろそろ、本当の自分に戻るように、明日からライラにしごいてもらうよ」
 アレクサンドラはため息交じりに言った。
「ねえ、アレク、あなた何か心配事があるんじゃないの?」
 突然のカウンターパンチのような問いに、アレクサンドラはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「大丈夫だよジャスティーヌ。あの拷問器具で締め上げられるかと思ったら、気分が暗くなっただけだから」
 アレクサンドラは言うと、ジャスティーヌにお休みのキスをして自分の部屋へと続く扉に手をかけた。
「おやすみなさい、アレク。本当に、なにか心配事があるなら、相談してね」
 ジャスティーヌは言うと、アレクサンドラの背中を見送った。

☆☆☆

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