初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
廊下を抜け正面玄関に面した階段を上り、踊り場から左の階段を上がるとアレクサンドラとジャスティーヌの部屋がある廊下につながる。
ジャスティーヌは、暗い気持ちのまま廊下を進み自室から続き部屋になっているアレクサンドラの部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中からは、かなりふてくされたようなアレクサンドラの声が返ってきた。
扉を開けて中に入ると、アレクサンドラは窓辺のカウチに横になり、自分が女性であることを否定するかのように脚をカウチの肘おきに載せ、ぶらぶらと振り子のように膝から下を揺らしていた。
その姿はアレクサンドラが女性であると知っているジャスティーヌの目にも、乙女の堕落を誘う美青年に見えた。が、しかし、本当のところ堕落しているのは、乙女本人の方だ。
パニエとその上に幾重にも重ねられた上質の木綿、麻や絹などの布々に護られた要塞の奥深くに秘められているはずの乙女の脚は、薄い男物のトラウザーの下で春の微風(そよかぜ)ですら感じられる有様だ。
「なに、お母様の次は、今度はジャスティーヌ?」
ジャスティーヌの視線を感じて口を開いたアレクサンドラの声は、不機嫌そのものだった。
「違うわ。話にきただけよ」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラはゆっくりと脚を肘掛けからおろし、上体を起こした。
「さっきはごめんなさいアレクサンドラ、酷い事ばかり言って」
ジャスティーヌの言葉にアレクサンドラが驚いて目を見張った。
「なんでジャスティーヌが謝るの?」
「だって、突然のお話だったし、アレクサンドラに結婚の意志はないのは、家族全員わかっていたことなのに。それなのに、あんな言い方して、本当にごめんなさい」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラは慌ててカウチから立ち上がった。
「僕こそゴメン。誰かは知らないけど、ジャスティーヌには好きな人が居るのに、王子と結婚しろなんて勝手なこと言って。本当にごめんね、ジャスティーヌ」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは顔を逸らした。
「ねえ、こうしようよ。まずは、お父様に断って戴こう。やっぱり、アレクサンドラは修道院に入りますって。そうしたら、僕は社交界の知り合いに田舎に帰るって説明して、何だったら愛しのアレクサンドラが修道院に入るから、僕も修道士になるとか、なんとか適当に言って姿を消すから。で、領地内の修道院に入るよ」
アレクサンドラの顔からは、さっきまでのふてくされた表情は消え、真剣な瞳でジャスティーヌの事を見つめていた。
「きっと無理よ。お父様には、お断りなんて出来ないわ。お父様の性格からいって、陛下からの縁談を持ち帰ってきただけでも快挙よ。これで、お断りなんてしたら、陛下はわかってくださっても、弱小伯爵家が生意気だって、大臣方がお許しにならないわ。そうしたら、きっと爵位も領地も没収されてしまうわ」
ジャスティーヌは言うと、ペタリと床に座り込んだ。
「あー、そうか。僕は伯爵家の子息である必要はないから、それでもかまわないけど、爵位を失ったら、ジャスティーヌの恋もダメになっちゃうのか」
アレクサンドラの問に、ジャスティーヌはコクリと頷いた。
「じゃあ、嫌われるってのはどお?」
「嫌われるって? 殿下に?」
ジャスティーヌが、おずおずと尋ねる。
「そう、だって、深窓の令嬢とか言われてはいるけど、実際、僕にはジャスティーヌみたいな完璧なレディなんて無理だし。だから、ジャスティーヌが、レディらしくないことを連発して殿下に嫌われる。で、殿下から陛下に、このお話はなかったことにしてくださいって言って貰うんだよ。やっぱり、おつき合いもしないでお断りは無理だろうけど、ちょっと付き合って、正確が合わないとか、殿下がダメだって思ってくれたら、陛下も聞く耳をもってくださるし、大臣方だって、嫌がる王子に無理やり結婚相手を押し付けるのは無理なんじゃないかな?」
アレクサンドラの考えは、一考の余地があった。
さすがの陛下も、自由恋愛の国とも呼ばれるエイゼンシュタインの王子が望まぬ相手とムリヤリに結婚させられるなんて事を望むはずはない。
しかし、幼い頃からずっと王子に恋心を抱いているジャスティーヌにとっては難しい作戦だ。
「ジャスティーヌだって、想いの相手との幸せのため、そう思ったら何時もは出来ないような不作法なこと、僕のフリしてなら出来るでしょう?」
アレクサンドラに追い討ちをかけるようにして言われても、ジャスティーヌは答えを渋ってしまう。
憧れの王子を前に、普通ならしないようなミスはたぶん数えられないくらい沢山おかしてしまうだろうが、それをわざとするとなると、うまくやれる自信が全くない。
「ジャスティーヌ? ねぇ、いい加減、ジャスティーヌの想い人が誰か教えてよ」
答えを渋るジャスティーヌに、しびれを切らしたアレクサンドラが詰め寄った。
何度尋ねられても、アレクサンドラにも話したことがないロベルト王子への憧れ。でも、そのロベルト王子との結婚の話がアレクサンドラに来た以上、隠しておくべきじゃないのかもしれないと、ジャスティーヌは重い口を開いた。
ジャスティーヌは、暗い気持ちのまま廊下を進み自室から続き部屋になっているアレクサンドラの部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中からは、かなりふてくされたようなアレクサンドラの声が返ってきた。
扉を開けて中に入ると、アレクサンドラは窓辺のカウチに横になり、自分が女性であることを否定するかのように脚をカウチの肘おきに載せ、ぶらぶらと振り子のように膝から下を揺らしていた。
その姿はアレクサンドラが女性であると知っているジャスティーヌの目にも、乙女の堕落を誘う美青年に見えた。が、しかし、本当のところ堕落しているのは、乙女本人の方だ。
パニエとその上に幾重にも重ねられた上質の木綿、麻や絹などの布々に護られた要塞の奥深くに秘められているはずの乙女の脚は、薄い男物のトラウザーの下で春の微風(そよかぜ)ですら感じられる有様だ。
「なに、お母様の次は、今度はジャスティーヌ?」
ジャスティーヌの視線を感じて口を開いたアレクサンドラの声は、不機嫌そのものだった。
「違うわ。話にきただけよ」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラはゆっくりと脚を肘掛けからおろし、上体を起こした。
「さっきはごめんなさいアレクサンドラ、酷い事ばかり言って」
ジャスティーヌの言葉にアレクサンドラが驚いて目を見張った。
「なんでジャスティーヌが謝るの?」
「だって、突然のお話だったし、アレクサンドラに結婚の意志はないのは、家族全員わかっていたことなのに。それなのに、あんな言い方して、本当にごめんなさい」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラは慌ててカウチから立ち上がった。
「僕こそゴメン。誰かは知らないけど、ジャスティーヌには好きな人が居るのに、王子と結婚しろなんて勝手なこと言って。本当にごめんね、ジャスティーヌ」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは顔を逸らした。
「ねえ、こうしようよ。まずは、お父様に断って戴こう。やっぱり、アレクサンドラは修道院に入りますって。そうしたら、僕は社交界の知り合いに田舎に帰るって説明して、何だったら愛しのアレクサンドラが修道院に入るから、僕も修道士になるとか、なんとか適当に言って姿を消すから。で、領地内の修道院に入るよ」
アレクサンドラの顔からは、さっきまでのふてくされた表情は消え、真剣な瞳でジャスティーヌの事を見つめていた。
「きっと無理よ。お父様には、お断りなんて出来ないわ。お父様の性格からいって、陛下からの縁談を持ち帰ってきただけでも快挙よ。これで、お断りなんてしたら、陛下はわかってくださっても、弱小伯爵家が生意気だって、大臣方がお許しにならないわ。そうしたら、きっと爵位も領地も没収されてしまうわ」
ジャスティーヌは言うと、ペタリと床に座り込んだ。
「あー、そうか。僕は伯爵家の子息である必要はないから、それでもかまわないけど、爵位を失ったら、ジャスティーヌの恋もダメになっちゃうのか」
アレクサンドラの問に、ジャスティーヌはコクリと頷いた。
「じゃあ、嫌われるってのはどお?」
「嫌われるって? 殿下に?」
ジャスティーヌが、おずおずと尋ねる。
「そう、だって、深窓の令嬢とか言われてはいるけど、実際、僕にはジャスティーヌみたいな完璧なレディなんて無理だし。だから、ジャスティーヌが、レディらしくないことを連発して殿下に嫌われる。で、殿下から陛下に、このお話はなかったことにしてくださいって言って貰うんだよ。やっぱり、おつき合いもしないでお断りは無理だろうけど、ちょっと付き合って、正確が合わないとか、殿下がダメだって思ってくれたら、陛下も聞く耳をもってくださるし、大臣方だって、嫌がる王子に無理やり結婚相手を押し付けるのは無理なんじゃないかな?」
アレクサンドラの考えは、一考の余地があった。
さすがの陛下も、自由恋愛の国とも呼ばれるエイゼンシュタインの王子が望まぬ相手とムリヤリに結婚させられるなんて事を望むはずはない。
しかし、幼い頃からずっと王子に恋心を抱いているジャスティーヌにとっては難しい作戦だ。
「ジャスティーヌだって、想いの相手との幸せのため、そう思ったら何時もは出来ないような不作法なこと、僕のフリしてなら出来るでしょう?」
アレクサンドラに追い討ちをかけるようにして言われても、ジャスティーヌは答えを渋ってしまう。
憧れの王子を前に、普通ならしないようなミスはたぶん数えられないくらい沢山おかしてしまうだろうが、それをわざとするとなると、うまくやれる自信が全くない。
「ジャスティーヌ? ねぇ、いい加減、ジャスティーヌの想い人が誰か教えてよ」
答えを渋るジャスティーヌに、しびれを切らしたアレクサンドラが詰め寄った。
何度尋ねられても、アレクサンドラにも話したことがないロベルト王子への憧れ。でも、そのロベルト王子との結婚の話がアレクサンドラに来た以上、隠しておくべきじゃないのかもしれないと、ジャスティーヌは重い口を開いた。