初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 見合いの事件以降、王宮からの早馬には慣れてきたアーチボルト伯爵家も、『国王陛下からの至急のお召し』には慣れることはできず、ルドルフは階段を転げ落ちそうになりながら馬車で王宮を目指した。
 いつもなら、通されるのは謁見の間かサロンだったが、なぜか今日は国王のプライベートガーデンにある四阿に案内された。
 プライベートガーデン自体は、何度か国王陛下に従って散歩をしたことがあったが、二人きりで四阿で話をするということは今まで一度もなかったので、いったいどういった話なのかわからないルドルフは、どんな話の展開にも耐えられるように身を引き締めて四阿へ歩み寄った。
「陛下」
 声をかけると、リカルド三世は笑顔でルドルフのことを手招きした。
「ルドルフ、好きな場所にかけてくれ」
「失礼致します」
 ルドルフは一礼してから、四阿の端の方に腰かけた。しかし、次の瞬間にはリカルド三世自ら席を立ち、ルドルフの隣に腰を下ろしていた。
「陛下・・・・・・」
「ルドルフ、イルデランザとの和平に再び陰りが差していることは存じておろう?」
 突然の話題に、ルドルフは背中を冷たいものが流れていくのを感じた。
 両国の間の緊張を取り除くためにエイゼンシュタインとしては珍しい政略結婚による関係の安定化を模索したのはルドルフたちがまだ若い頃の事だった。前国王の姪であり、リカルド三世の従妹でもあるマリー・ルイーズが嫁ぐことになり、ずいぶん青年貴族は悔し涙を流したものだった。しかし、皇嗣ではなく皇帝の甥にあたる公爵家の嫡男と結婚し、その後もマリー・ルイーズが息子を連れて里帰りを重ね、両国の和平を取り持ち、その息子であるアントニウスも王太子のロベルトとは本当の従兄弟のように仲良く育った今、両国の関係に陰りが差しているというよりも、六ヶ国同盟に加盟していない第三国の横槍が原因で、両国間の意見に一部対立が見られ、六ヶ国同盟を六ヶ国から増やしていくかどうかでさらに意見が対立しているという方が正しいと、リカルドの相談役でもあるルドルフは感じていた。
「それに関しましては・・・・・・」
 ルドルフが返事をしようとしたところ、リカルドがそれを遮った。
「歴史はまさに繰り返すだ」
 感慨深げなリカルドの声に、ルドルフは自分の知らない急変があったのかと驚いた。
「いったい、なにが?」
「本日、結婚の申し入れを受けた」
「ですが、イルデランザの皇嗣も我が国の王太子も、どちらも男子でございますが」
「ああ、言葉が足りなかった。そちの娘に関しての話だ」
「ですが、娘は二人とも、殿下の見合い相手でございます」
「わかっておる。それに、いくらロベルトでも、二人も妻は迎えられぬ」
 父としては、二人とも妻にと言われても、ありがたくもなんともないのだが、さすがにそれを口にすることはできず、ルドルフは口を閉じた。
「甥のアントニウスが、そちの娘を妻に欲しいと」
 金槌で頭を殴られたような激しい衝撃がルドルフを襲った。
 確かに、はたから見れば娘は二人いるのだから、一人が王太子と結婚しても、もう一人をイルデランザに嫁に出せるということになるが、実際は、一人が二役しているわけで、物理的にも距離の離れたイルデランザと王宮では一人二役などできるはずもない。
「陛下、そのことでございますが、ジャスティーヌが殿下の妻に選ばれましたら、アレクサンドラは修道院に、もしアレクサンドラが殿下の妻に選ばれましたら、ジャスティーヌを修道院にと決めております」
 はやく不吉な考えを忘れてもらうべく、ルドルフはかつてからの計画を口にした。
「何を馬鹿なことを言っている。もし、ロベルトが選んだのがアレクサンドラであれば、ジャスティーヌをロベルトの政治相談役に迎えるのが正しいとは思わなかったのか?」
「ですが、女性が王太子殿下や国王陛下の政治顧問となった例はございません」
「歴史と言うのは、重んじるばかりでなく、変えていかねばならぬものだ。それを修道院に送るなどと、言語道断だ! 父であるそちが認めても、国王である私が許さん!」
 父として、娘の能力を高く評価してもらえることはありがたかったが、どちらか一人しか表に出せない状況では、歴史は変えずに重んじてもらいたい必要に迫られる。だから、そこで王権を振りかざされても、無理なものは無理で、できない相談は、実現不可能なのだと説明できれば、どれ程楽だったろうか。
「それから、ここだけの話だが、ロベルトのハートを射止めたのは、ジャスティーヌである」
「では、早速、アレクサンドラを修道院に送る準備を致します」
 間髪を入れずにルドルフは行った。
「まて! ルドルフ、いつものらりくらりと答えを引き延ばすそちがどうしたというのだ、今日はずいぶんと答えを急ぐではないか」
 急ぐのには理由があるのだが、その理由を話せないルドルフとしては不敬ではあるが、しらばっくれる他はない。
「最近、あちこちで、のらりくらりとしていたのは、陛下に娘を売り込むためだったのだろうと勘繰られてばかりですので、少し答えを急ぐように努力をしておりまして・・・・・・」
 必死の苦しい言い訳も、既に心を固めているリカルドには馬耳東風だった。
「とにかく、我が甥、アントニウスがアレクサンドラを妻にと望んでいる限り、例えそちの娘とはいえ、両国の和平の為に勝手な行動は慎んでもらいたい」
 それこそ、和平どころではなくなるじゃないかと、ルドルフは目の前が暗くなっていった。
「ただし、アントニウスがアレクサンドラのハートを射止められなければ、仕方のないこと、よいな・・・・・・」
 リカルドの言葉を聞きながら、ルドルフは意識を失っていった。
「誰か! 急ぎ侍医を! ルドルフが倒れた!」
 国王の叫びに、控えていた護衛と侍従が一斉に四阿を目指して突進した。

☆☆☆

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