初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「あのね、アレクサンドラ、何度も言うけれど、これは私の片想いなのよ。だから、勘違いしないでね」
「ふーん、そんなに話しにくそうにするってことは、僕が知ってる相手なんだ」
 ジャスティーヌは、コクリと頷いた。
「で、誰?」
 改まって尋ねられれば尋ねられるほど、ジャスティーヌは言葉がのどに詰まって出てこなくなる。
「もう、誰だってあきれたり、怒ったり、お父様やお母様に告げ口したりしないから、教えてよジャスティーヌ!」
 じらされていると思っているらしいアレクサンドラが声を上げる。
「しっ! 静かに!」
 ジャスティーヌは、膝立ちになってアレクサンドラの足にすがりついて声のトーンを落とさせた。
「ん、もう。そんなとこに座ってないで、ジャスティーヌの部屋に行こう」
 アレクサンドラは言うと、座り込んだジャスティーヌの手を引いて立ち上がらせる。
 続き扉を開けると、ジャスティーヌとアレクサンドラ付のメイド、ライラが二人を待っていた。
「あー、ライラ、私たちの夕食は軽食で良いから部屋に運ばせて。これから、私とジャスティーヌは、大切な話があるから、誰も邪魔しないように。よろしくね」
 不思議なことにジャスティーヌの部屋にはいると、何故かアレクサンドラの言葉使いが女性になる。
「あ、着替えは手伝わなくて良いわよ。ジャスティーヌのドレスは私がパパっと脱がせちゃうから」
 アレクサンドラの指示を受け、ライラは『かしこまりました』とだけ答えて部屋から出ていく。
 ほぼ対照的な間取りの部屋だが、ジャスティーヌの部屋はカウチではなくソファーが置かれ、可愛いクッションが花を添えている。
「ほら、そんなの脱いじゃいなよ」
 アレクサンドラは言うなり、ジャスティーヌのドレスのボタンを外していく。
 端から見たら、間違いなくアレクシスがジャスティーヌの貞操を脅かそうとしている情景だ。
 背中のボタンをはずし終えると、アレクサンドラはなれた手つきでパニエのフックをはずし、コルセットの紐を一気に緩める。
 衣擦れの音がして、スルリと一皮むけたような下着姿同然のジャスティーヌが現れる。
「ちょっと待ってて」
 アレクサンドラは言うと、寝室の入り口からガウンをとって戻ってくる。
「はい、風邪ひくといけないからね」
 渡されたガウンに袖を通し、腰のベルトをしっかりと締めると、ジャスティーヌはソファーに腰を下ろしてお気に入りのクッションを抱きしめた。
「で、誰なの?」
 アレクサンドラの追求に、ジャスティーヌは諦めて『ロベルト王子』と呟いた。
「あー、ロベルト王子ね。はいはい」
 聞き流しながら言ったアレクサンドラは、言葉を理解するなりジャスティーヌの事を見つめた。
「えっ? どーゆーこと? 何時の間に殿下とそんな中に? えっ、何、この結婚話、名前間違い? 陛下の勘違い?」
 質問を連発するアレクサンドラに、ジャスティーヌはただただ頭を横に振って見せた。
「だから、片想いなの!」
 ジャスティーヌが頬を染めて答えた。
「ちょっと待って、殿下と最後にダンスしたのは?」
「何年か前。最近は、お誘いがありそうなタイミングで必ずアレクシスがダンスに誘うから、殿下に誘われた事はないわ」
「じゃあ、殿下と話をしたのは?」
「何年か前。最近の殿下は隣国の公爵令嬢や侯爵令嬢とよくお話をされてて、お声をかけていただくチャンスはないわ」
 ジャスティーヌの話を聞く限り、アレクサンドラにはジャスティーヌが殿下に片想いしているという事が理解できなかった。
「んーと、一体、何時、どーやってジャスティーヌは殿下に片想いしたの?」
「お話しして、とても優しくしていただいて、それで好きになったの」
 どこをどう考えても、この数年、直接言葉を交わしてもいないのに、一体どうやったら恋に落ちられるのだろうかとアレクサンドラは首を傾げた。
「ねえ、ジャスティーヌ、それ何時の話?」
「私が、お父様に王宮に連れて行って戴いた時よ」
「それ、子供の頃だよね?」
 アレクサンドラは、頭痛がして左手で頭を押さえた。
「そうよ。あの頃から、ずっとロベルト王子の事が好きなの」
 恥じらいながら言うジャスティーヌに、アレクサンドラは『大人になってくれ!』と叫びたかった。
「つまり、ジャスティーヌが好きになったのは、子供の頃の殿下ってことだよね? 男の殿下じゃなく」
「殿下はずっと男性よ」
「いや、男の子じゃなく、今は男だってわかってる?」
 アレクサンドラの問に、ジャスティーヌがキョトンとした表情を浮かべた。
 その瞬間、『これはまずい』と言う思いがアレクサンドラの中であふれた。
 そう、ジャスティーヌの中の殿下は、王宮の庭で無邪気にジャスティーヌと語らい、花を摘んだ男の子の殿下で、ジェントルマンズサロン、つまり社交界にデビューしている大人の男性だけが集まるサロンで交わされる、際どい会話や女性の値踏みに、ロベルト王子がどのような辛口コメントをしているか、それはもう男の子ではなく、立派な男の発言を聞いたことがないから、抱ける妄想にだとしか思えなかった。
 一度など、ジャスティーヌにダンスを何度も申し込みにこようとする殿下を牽制するためアレクサンドラが『僕のジャスティーヌに軽々しく近付かないで戴きたい』と言った事に憤慨し、アレクサンドラとロベルト王子はあわや決闘と言うところまでいった程だ。あの時は、別のジャスティーヌの追っかけから決闘だ、飲み比べたのと散々ふっかけられ、結局、大勢で飲み比べを行い、大半を負かし、残りは引き分けで片を付けたのだが、同然、引き分けた一人にロベルト王子も入っていた。
 アレクサンドラから見れば、ロベルト王子は良い歳なのに身も固めず、独身の令嬢の周りをブンブン飛び回る害虫のような存在で、できる限りジャスティーヌから遠ざけたい男の一人だった。それが、よもやジャスティーヌの恋の邪魔をしていたとは、全く予想もしていない事だった。
「豪華なドレスやアクセサリーに目がくらんで、王太子妃の玉の輿を狙おうなんて、ジャスティーヌらしくないわ」
 アレクサンドラが言ったとたん、ペチンと言う音がしてアレクサンドラは頬に痛みを感じた。
「なんでそんな酷い言い方するの? 私はただ、あのお優しかったロベルト王子の事が忘れられないだけよ」
 『絶対に忘れた方がいい、特にこの一連の婚約話で王子に再会する前に、そんな幻想は捨て去ってしまった方がいい』とアレクサンドラは言いたかったが、涙ぐむジャスティーヌを見ると、それを口に出して言うことは出来なかった。
 多少、荒療治になってしまうが、ロベルト王子の本性を知ればジャスティーヌの気持ちも変わるかもしれない。いや、変わると信じたい。そうしたら、もっと素敵な男性に目を向けるようになってくれるはずだ。
 アレクサンドラは考えると、優しくジャスティーヌを抱き寄せた。
「ジャスティーヌ、忘れないで、私はいつでもジャスティーヌの味方だから。だから、もしもの時は、私が頑張って髪の毛を伸ばして女らしくするから。ね、泣かないでジャスティーヌ。ジャスティーヌをみすみす毒牙にかけるような、狼の前に羊を放すような真似は絶対にしないからね」
 アレクサンドラは言ったが、ジャスティーヌには意味が分からないようだった。
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