初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 御者から、前方に伯爵家の馬車が停車していることを告げられたアントニウスは、少し手前で馬車を止めるように指示すると、御者に様子を調べに行くように命じた。
 馬車が止まり、御者が軽い身のこなしで馬車から降りていく気配がした後、外から馬車の扉がノックされた。
 アントニウスが扉を開けると、御者がアーチボルト伯爵夫人が体調を崩し、馬車を止めて休んでいると告げた。
 アントニウスは無言で頷くと、馬車から降りてアーチボルト伯爵家の馬車まで歩いて行った。
 アントニウスの姿に気づいた夫人は、慌てて馬車の扉を開け、馬車から降りようとしたが、御者の差し出す手を掴んだと見えた瞬間、グラリと体が揺れ、馬車から滑り落ちそうになった。
 アントニウスは失礼を承知で夫人を抱きとめると、自分の馬車に連れて戻り、クッションのきいた柔らかいシートに夫人を座らせた。
「大変な失礼を・・・・・・」
 必死に詫びる夫人の顔は土気色で、酷い貧血を起こしているように見えた。
「どうか、そのまま楽になさってください」
 アントニウスは言うと、楽に四人は並んで座れる広い座席に更にクッションを並べて夫人の体を少しでも横に慣れるように工夫した。
 夫人は、あの遠乗りの日に挨拶を交わした時よりもやせ細っているように見えた。
 その様子から、アントニウスはロベルトがわざわざ気を利かせて送ってよこした手紙の内容よりも、真実はもっと逼迫しているのだと感じた。
「どうか、そのまま楽にしていらしてください。実は、今日は奥様と伯爵にお話が合って参ったのですが、このまま奥様にお話しした方が良い気がしてまいりました」
 アントニウスの言葉に、夫人は少しだけ首を傾げるようなそぶりを見せたが、ぐったりとしたままだった。
「私が陛下にアレクサンドラ嬢との交際を申し出たことは、既にお耳に入っていることと存じます。陛下から、伯爵は今回の見合いでロベルトの妃に選ばれなかった方のお嬢様を修道院に贈られることを決めていらしたと伺いました。領地内の修道院にいれる予定だったアレクサンドラ嬢が急遽、正式に社交界にデビューすることなど、陛下からの突然のお話に、伯爵家ではいろいろとお困りのことがあるのではないかと、ロベルトからアドバイスを戴きました」
 アントニウスの話に、夫人は驚いて少し恥ずかしそうに俯いた。
「そこで、アレクサンドラ嬢の社交界デビューに関わる一切合切の準備にかかる費用を私に負担させていただけないでしょうか?」
 あまりのことに、夫人は驚いて顔を上げた。
「これは、すべて私が陛下に無理をお願いしてのこと。その代わりと申し上げては何ですが、社交界にデビューされた後、最初の舞踏会のエスコートは私にお任せいただけないでしょうか」
 アントニウスの申し出に、夫人は即答しなかった。

☆☆☆

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