初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 ジャスティーヌが帰った後、文机に向かったアレクサンドラは、大きなため息を何度もついた。
 自分では、文才のある方だと今までは思っていた。女性に贈る手紙など、ちょちょいのちょいで、何人もの友人に代筆ならぬ、口述をたのまれ、アレクサンドラの考えた恋文が社交界のあちこちを行きかっていたはずなのに、いざ自分が女性に戻るとなると、気の利いた言葉の一つも思い浮かばなかった。しかし、アントニウスからは、一刻も早く女性に戻れといわれているのだから、ここでアレクシスのような手紙を書くわけにもいかない。
 何度目かのため息をついた後、アレクサンドラはとりあえずお礼を言えばいいと腹を括った。

『親愛なるアントニウス様
 この度の寛大なるお心遣い、両親、姉より話を聞き、お礼の言葉も見つかりません。
 長い間、レディとしての振る舞いも忘れ、一人気ままに暮らしてまいりました私が、今更、社交界の厳しい女性の世界で暮らしていかれるのか、考えるだけで不安で仕方がありません。
 そんな私の不安を取り除くためと、ロベルト王太子殿下がジャスティーヌと共にそばでお守りくださるとのこと、とても心強く感じております。
 また、陛下より見合いの組み合わせの変更のご指示があったとのこと、アントニウス様と正式にお目にかかるのは初めての事でございますが、何分、支度が整いませぬゆえ、もうしばらくお待ちいただくことになるかと思いますが、寛大なお心遣いを戴いた上でのこと、公爵家嫡男であらせられるアントニウス様に恥をかかせるような真似は決して致しませぬ。
心をこめて アレクサンドラ』

 自分で書いておきながら、よくかけているというのも変な話だが、腹を括れば大抵の事は何でもできるのだと、アレクサンドラは思いながら手紙を封筒に入れると自分のイニシャルであるAの飾り文字の印を封蝋の上から押した。
 アレクシスの時に使っているものは、同じAの飾り文字も、Aの頂点で二本の剣が合わさり、横に一枝の月桂樹が描かれている上品ではあるが、男らしさを強調したものだが、アレクサンドラ用は流れるような流線を一輪の花の枝が風に流されているように彫られていた。これは、ジャスティーヌのJが上の横線に花の枝を使い、のこりの部分が流線になっているのと対とも言える。
 ちょっと力強く押しすぎたかなと思いながらも、アレクサンドラは手紙を手に立ち上がると自室を後にした。


 メイドのライラに手渡し、下手にジャスティーヌや両親に中身を見られたくなかったので、必死にバランスを取りながら階段を降りると、一階にある家令の執務室の扉をノックした。
「どうぞ」
 本来であれば、自分より目下のものしか訪ねてくるはずのない場所なので、家令はアレクサンドラとは思っていない様子だった。
「これは、アレクサンドラお嬢様、大変失礼致しました」
 アレクサンドラの姿を見た家令は慌てて立ち上がると、深々と頭を下げた。
「この手紙を急いでアントニウス様に届けてほしいの。でも、ジャスティーヌにも、お父様にも、お母様にも内緒よ。お願いできる?」
 わざわざ自分で手紙を届けにやってきたアレクサンドラに、家令は『かしこまりました』と言って手紙を受け取った。
「では、お願いね」
 だいぶ令嬢言葉が板についてきたアレクサンドラは言うと、家令の執務室を後にした。
 まだまだ、ジャスティーヌのサイズまでは遥か遠く、呼吸をするのをやめない限り、ジャスティーヌ仕様のドレスに体がフィットしないので、この息苦しさに慣れ、明日にはもう一息ライラにコルセットを締めてもらわなくてはならない。
 アレクサンドラは一人、階段を五回ほど上り下りして呼吸の具合と、ヒールのバランスを体で覚える努力をした。

☆☆☆

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