桜の花が咲くまでは
「さっき、中からちょっと見えててんけど。えらい切ない顔で校舎見てたなぁ。…会いたいけど、会われへん人?」
ゆったりした声に緊張が溶かされて、するすると言葉が零れていた。
「はい、彼氏が第三校舎にいるんですけど、全然連絡できなくて。応援してるのに、会いたいって思っちゃって。…会いたいけど、会えない人、です」
「そうかぁー」
特に呆れる様子もなく、全部分かったみたいな穏やかな声でそう言って、振り返って校舎を見上げている。
「分かるわ。応援したい気持ちと、もっと一緒にいたいって気持ち。どっちも本当の自分の気持ちやけど、互いに邪魔しあう気持ち」
ね、とこちらを振り向く。
「俺も同じかも。っていうか、頑張る人を想う人間の気持ちってさ、案外どれも似たようなものかもね」
あなたも…?
「だからその感情は否定されるものやないよ。俺も仕事柄、いろいろ見てきたけど、誰かを大切に想う気持ちが、相手の負担になることなんて、案外ないんだよ、本当の意味では」
やっと、男性の言いたいことを理解して笑みが零れる。
何もかもを感じとって、励ましてくれてるんですね。
「それだと、ステキですね」
「うん…。てかさ、第三校舎のヤツを想って第一校舎に来てまう君の方が頑張りすぎ」
突然おかしそうに笑われる。やっぱり変だと思われてた…!
「第三校舎なら俺も出講してるから、もしかしたら教えてるかもね、君の彼氏」
え!大地に会えるなんてずるい!
「今、羨ましいとか思ったやろ」
「いえ!ズルいと思いました!大地に会えるなんてズルすぎです!」
ズルくねぇよ、とやっぱりおかしそうに笑われる。
そしてふわりと優しく笑って続けた。
「うちの予備校の人間はみんな努力の天才やから。応援してくれる人の言葉なら、どんなものでも追い風にできる。ちょっと間違えたって大丈夫だ。君がこんなに気を遣ってることも、有り難いって思うよきっと。…若槻も」
え、今、若槻って…!
「そんなら、遅いし、気を付けーな」
言いながらもう歩き出していて。
背中を押す言葉が何度も頭の中に響いた。
「ありがとうございます」
遠く離れた背中に向かって、口の中で呟きながら、頭の中はキラキラした大地の笑顔で満たされていた。