桜の花が咲くまでは
講義が終わり、徒歩で大学の正門を出たころ、手提げ鞄の中でスマホが振動しているのに気付いた。慌てて画面を確認して思わず息をのむ。急いで通話ボタンに触れ耳に当てた。
「…だい、ち?」
『うん、桜?』
5か月間焦がれていた優しい声がとんでもなく心を震わせた。
「どう、したの?」
声も震えた。
『今日の朝、届いたんだ。お守り。ありがとう。…めちゃめちゃ、嬉しい、ほんとに。』
「うん、気に入ってくれたんなら、よかった」
止めていた足を動かしながら、答える。
『もしかして、手作り?』
「うん、そう。結構頑張ったでしょう?」
『すごいよ本当に。まじで嬉しい。ありがとう』
何度もありがとうと繰り返す大地。
心が震えるような感覚も、だらしなく上がる口角も抑えられない。けど、
「大丈夫なの?こんな時間に電話なんて」
迷惑だけはかけたくないのだ。
『うん、大丈夫。休憩時間にちょっと外出てるから』
「そう、ならよかった」
休憩時間なんてきっとほんの少しだろう。私から、話をやめる方向にもっていった方がいいのだろうか。声がきけて、名前を呼んでもらえて、もう十分すぎる。
『あのさ、こないだメールくれたときも、本当は桜の声が聞きたくて仕方なかったんだ。けど、嬉しすぎて、声聞いちゃったら、何もかも投げ出して会いに行きたくなっちゃうような気がして』
「えぇ?」
大地がそんなことを言うなんて。いつも割と落ち着いているのに。
『だから、メールで我慢した。けど今朝、お守り見て、我慢できなくなって大学終わりそうな時間に電話したんだ』
結果として迷惑をかけたのだろうか。
「えっと、気を遣わないでね」
『違うよ。ただ我慢できなかっただけ。それに、桜の声が聞けて、この後の自習すごい頑張れる。ありがとう』
「うん、頑張ってね」
『ありがとう。…けど、こうして声が聞けるの、癖になっちゃいそうだから、今後は我慢する。』
そんなことを言ってもらえて、単純に嬉しい。大地も、声が聞けて嬉しいって思ってくれるんだ。
「ふふ、そうだね」
『また、メールしていいかな。桜に頑張ってって言ってもらえたら、俺、何よりも誰よりも頑張れる』
「もちろんだよ。頑張って」
『頑張るから、待ってて欲しい。……桜』
「うん」
『大好きだよ』
「っ……」
『じゃあ、切るね。お守りありがとう』
「うん!大好き」
通話を切っても、大好きだという気持ちが溢れて止まらない。いつの間にか、いつかのカフェの前まで歩いていた。