大天使に聖なる口づけを
(何が悲しいって……ディオとは本当にただの幼馴染なのに、ほとんどの人はそうは見てくれないのよ……!)
泣き伏したいくらいの悲嘆の思いを、エミリアはぎゅっとこぶしを握りしめることで我慢する。

その件については、本人に直接抗議したこともあるのだが、アウレディオは、
『別にどうだっていいだろ』
とまるで取りあってもくれなかった。

『そりゃ、将来結婚する相手だって大勢の中から選り取りみどりのディオには、ぜんっぜんたいしたことじゃないんでしょうけど……私は困るの! 誤解されたくない人がいるの!』

叫ぶエミリアをまったく無視して、あの時もアウレディオは、さっさと背を向けて歩き去っていった。

(本当に困るんだから……!)
悔しさに唇を噛みしめながら、エミリアは俯いた。
いつも遠くから見ているだけのある人物の姿を心に思い浮かべると、トクンと胸が鳴る。

緑を基調とした近衛騎士の制服が、精悍な横顔によく似あう。
普段は温厚だが、いざと言う時には誰よりも剣の腕も立つのだという。
真面目で有能で、国王陛下からの信頼も厚い、こげ茶色の髪の近衛騎士――ランドルフ。

考えるだけでドキドキと動悸が激しくなってくる。
エミリアは机の引出しの中から、小さな額をそっと取り出した。
中に入っているのは、まだ途中までしか色が塗られていない描きかけの絵の一部分。

肩の位置で切り取られた両隣の騎士たちには申し訳ないが、ランドルフだけは額の中央で、灰青色の瞳を理知的に煌かせ、きりりと勇ましく前方を見据えている。

「おはようございます、ランドルフ様……」
額絵を見つめるだけで声が震える自分を励まして、エミリアは今朝も、絵の中のランドルフに礼儀正しく頭を下げた。

「私とアウレディオはただの幼馴染なんです。本当に、なんの関係もないんですよ……!」
しっかりと付け加えることも忘れなかった。
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