大天使に聖なる口づけを

夕刻、エミリアがようやく目を覚ました頃には、辺りにはもう夜の気配が忍び寄りつつあった。
これまでは毎日、家と城とを往復していたのだったが、今日ばかりは城に泊まると家に伝言を頼む。

侍女が寝起きする大部屋ではなく、特別に一部屋を与えられたエミリアは、一人きりで遅めの夕食を取ったあと、その部屋に入ったが、なかなか寝つけないでいた。
慣れない柔らかな寝台の上で寝返りを打つ。

(フィオナ起きてないかな?)
隣の部屋からはまったく物音がしないので、わざわざ訪ねていくのはどうかと迷った。

(少し夜風にでも当たってこようかな)
大きな窓の向こうのバルコニーは、王族用の露台と同じく、中庭に面している。
宮殿の中でも最上階に位置するこの部屋からならば、リンデンの街の全景まで見渡すことができるかもしれない。

(うん、そうしよう……)

しかし、横並びの部屋と共用になっているその長いバルコニーには、先客がいた。
こちらには背中を向けて街の様子を眺めているその見慣れた人影に、エミリアは黙ったまま近づき、隣に並んだ。

「もう目が覚めたのか?」
隣に来たのが誰なのかを確認もせずに、その人影――アウレディオは呟く。

それを少し嬉しく思いながらも、エミリアは、
「おかげさまで」
ともったいぶった返事をした。
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