大天使に聖なる口づけを
有り得ない状況に首を捻りながら、エミリアは階段に向かった。
木の手摺りを掴みながら一段一段下りていくと、途中でふいに、プーンと好い香りがしてくる。

(うーん、いい匂い……あれ? これってなんだろう……?)
クンクンと鼻を動かしながら、匂いを胸いっぱいに吸いこんでみる。

その途端、昨日の夕刻のアウレディオの顔が、パッと脳裏に閃いた。
『明日はオムレツが食べたい』

言い方はいつもどおり無愛想この上なかったが、普段は何を作っても黙って空の弁当箱を返すだけのアウレディオが、珍しく料理の希望をくれたことが嬉しくて、
(よしっ、明日はオムレツを作ってあげよう!)
などと、エミリアはまるで母親のようなことを思ったのだった。

「そうっ! オムレツよ。オムレツ!」
さっきからなかなか思い出せなくて、もやもやしていたことの答えが偶然にも見つかって、エミリアはすっかり嬉しくなった。
しかしすぐさま、もっと大きな謎に首を傾げた。

(待って……? オムレツ……誰が作ってるの?)

もちろん父のはずはない。
父が卵ひとつ上手に割れない人だったからこそ、エミリアが若干七歳にして料理の担当となり、朝夕の食事はもちろん、隣のアウレディオのぶんまで三つも、毎日弁当を作る係りになっているのだ。

(……じゃあ、いったい誰が?)
大急ぎで階段を下りて、台所に駆けこんだ瞬間に、その答えはあまりにも簡単に見つかった。
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