大天使に聖なる口づけを
エミリアも、自分と一緒に帰る予定のフィオナにひと声かけた。
「ごめんねフィオナ。私ももうちょっとかかりそう……」

ちょうど真向かいの椅子で、背もたれにももたれずピンと背筋を伸ばしたまま、神業のような速さで裾かがりをしていたフィオナは、大きな黒い瞳でついとエミリアを見つめた。
「ええ、かまわないわよ」

綺麗に整った顔を崩すこともなく、エミリアを見つめ続ける間も、フィオナの手は止まらない。
次々とドレスの裾かがりを終わらせていく。

(すごい……すごいよフィオナ!)
裁縫は得意だと自負するエミリアでも、もし同じ仕事をやったとして、とてもフィオナほどは数をこなせないだろう。
しかし――

「ちょうどあと三着で明日までの割り当てぶんが終わるわ。今日中に仕上げたなら、明日はずっと寝ていられるから……」
フィオナは、もっとがんばろうとか、もっと上を目指そうとかいう向上心とは、およそ無縁なのである。

アウレディオ同様、エミリアにとっては学校に入る前からの幼馴染なのだが、彼女が積極的に何かをやっている姿というのを、エミリアはこれまで見たことがない。

『だって、余計な仕事が増えるのは嫌だもの』
淡々と答えるフィオナに、エミリアはいつも首を傾げたものだった。

『そう? もったいないな……フィオナはいろんなことが上手なのに……もし私がフィオナだったら、もっともっとってどんどんがんばっちゃうなぁ……』

そのたびにフィオナは、およそエミリア以外には見せることのない優しい眼差しで、小さく笑ってみせた。
『エミリアはそれでいいのよ……それがあなたのいいところ。でも私は、やらなくていい仕事が増えるのは、真っ平ごめん』
< 16 / 174 >

この作品をシェア

pagetop