大天使に聖なる口づけを
「……そうだよ」
静かな父の声は、まるで遠い世界から聞こえてくるかのようだった。
あまりにも信じられない内容のせいで、とても現実のものとは思えない。

しかし、いつもならとっくに夕食の支度を始めている時間に、台所に母の姿がないこと。
朝、母が庭に干した洗濯ものが、まだ取りこまれずに風にはためいていること。
それらは全て、父の言葉が確かに現実のものであることを告げている。

なにより――ときに冗談を言うことはあっても根が真面目な父が、こんなに真剣な顔でエミリアに嘘など吐くはずがない。

「お父さん……!」
よろめきながら駆け寄ってきた娘を、父は両手を広げてしっかりと抱き止めた。

栗色の頭を胸の中に強く抱きこんで、何度も何度も呟く。
「ごめん。ごめんよエミリア……でもどうすることもできなかったんだ……!」

さっきまでエミリアが立ち尽くしていた場所には、小さなてのひらから零れ落ちた紙の筒だけが、ポツンと寂しく転がった。
それは、この秋入学したばかりの学校でエミリアが初めて描いた、大好きな母の似顔絵だった。
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