大天使に聖なる口づけを
十年前のあの日、まさに忽然と姿を消してしまった母を、エミリアは恨んだり、嫌いになったりはしなかった。

それは、いつになっても変わらず母を大好きな父と暮らしていたからだったし、アウレディオやフィオナのような小さな頃からの友だちが、母との思い出をエミリアと一緒に、宝物のように大事にしてくれたからだった。

母を思い出す時は、悲しいよりも寂しいよりも先に、温かく優しい気持ちになる。
それはきっと、今でもずっと変わらず、エミリアだって母を大好きだからだ。

(ああ、お母さんが帰ってきたんだなぁ……)
細い腕に抱かれていると、そのことを改めて実感する。

涙が溢れてきた。
普段は人前で泣いたりなどしないのに。
今は、子供のように泣いてしまっても優しく頭を撫でてくれる人がすぐ傍にいる――そのことがとてつもなく嬉しかった。

しばらくの間、エミリアと母は抱きあったまま静かに涙を流し続けた。

アウレディオは何も言わず、そんな二人からは視線を逸らして、ただ紅茶を飲んでいたが、その表情はいつになく満ち足りて穏やかなものだった。
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