大天使に聖なる口づけを
夕刻。

夕暮れを告げる大聖堂の鐘がリンデンの空に響き渡ったあとも、エミリアはアマンダの店の作業部屋に、フィオナと二人で残り続けた。

「じゃっ! また明日!」
「またねー」

『今日のアウレディオ様』を見るために、早めに店を後にしたマチルダとミゼットにはうしろめたかったが、
「だったら二人も、一緒にお城に連れていく?」
とフィオナに尋ねられれば、エミリアには首をぶんぶんと横に振るしかない。

(ごめんなさい、マチルダ、ミゼット……本当にごめん!)
心の中で手をあわせている間にも、うしろめたさの原因となっている人物は、この場所にやってくるはずだった。

一点を見つめ、何事かを考えているふうだったフィオナが、エミリアの耳にはまだ何の物音も聞こえない時期に、瞳をキラリと輝かせて断言する。
「どうやら来たみたいよ」

「そ、そう?」
窓に駆け寄りガラスに頬をくっつけて、懸命に耳をすましていると、たくさんの足音と奇声が遠くから近づいてくる音が、ようやく窓の外、エミリアにも聞こえ始めた。

「本当だ……」
エミリアが呟くのと同じくらいの速さで、騒音は窓の向こうの大通りを通過し、店舗の入り口付近まで近づいて、ピタリと止まる。

「きゃあああ」
「アウレディオさまぁ!」
店舗の正面扉を開けて、アマンダの店に入ってきたアウレディオは、背後で響く黄色い声には一切ふり返りもせず、後ろ手にガシャンと扉を閉めた。
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