大天使に聖なる口づけを
しかし何の問題もなかったエミリアとは違い、フィオナはというと、その華奢さと透きとおるような肌の白さで、不審というより心配という意味で役人に見咎められた。

「それほど大変な仕事じゃないが……でも、坊や大丈夫か?」
「大丈夫です」

無表情に即答するフィオナの白い顔は、確かにエミリアの目から見ても、肉体労働に向いているようには見えない。

助勢に向かおうか、と考えるエミリアの視界の隅を、深緑の制服が通り過ぎた。

「感謝祭のためにと、せっかく来てくれたんだ。体力に不安があるようだったら、私の担当下に置いて気をつけるようにするから、合格にしてやってくれ」

ランドルフだった。

息を呑むエミリアの目の前で、フィオナの顔をのぞきこみ、
「衛兵の仕事がやってみたくて来てくれたのだからな。ありがとう」
穏やかな笑顔で語りかける。

エミリアはぎゅうっと心臓を鷲づかみにされたような気がした。

(なんて優しいの! やっぱりランドルフ様は騎士の中の騎士だわ!)
悦に入るエミリアに、フィオナがすっと指を向ける。

「お兄ちゃんと一緒に来たんだ。担当も一緒がいい」
ランドルフの灰青色の瞳が、フィオナの声に従って、エミリアへと向けられた。

永遠とも思える一瞬――エミリアの中では時間が止まる。

(ランドルフ様が私を見てる!)
紅潮していく頬を気にするまでもなく、その幸せな瞬間はすぐに終わりを告げた。
しかしエミリアにとっては、そのあとしばらく動けなくなるくらいの至福のひと時だった。

「そうか。では二人は私の担当に入ってもらう。ついて来てくれ」

夢見心地のエミリアをハッと現実に返らせたのもまた、ランドルフの落ち着いた声だった。

(わ、私の担当……ランドルフ様になっちゃった!)

機転を利かしたのか、それとも初めから計画していたことだったのか、アウレディオと密かに頷きあっているフィオナのおかげで、エミリアは憧れの人についに一歩近づいた。
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