大天使に聖なる口づけを
「とにかく……済んでしまったことは仕方ない。明日はもっと事態が好転しているかもしれないわけだから……」

真っ赤な顔をしてしどろもどろにそんなことを言われても、エミリアの心はちっとも浮上しない。
それどころかどんどん落ちこんでいくばかりだった。

(そんな変な力で、ランドルフ様の心を動かしたくなんてなかった。ちゃんと私のことを見てもらって、私のことを知ってもらって……それで好きになってもらえるなんて、確かに思わないけど……だからってこんな方法は嫌だよ……)

エミリアが心の中で思ったことがわかったのだろうか。
母はうな垂れる娘の横に座り、そっと頭を抱き寄せた。

「ゴメンね、エミリア……」

ふわっと良い香りがして、エミリアはどこか違う場所にいるかのような錯覚を覚えた。
目を閉じて体中で感じるぬくもりは、エミリアが記憶している一番古い思い出よりも、さらにずっと昔の思い出。この世に生を受ける遥か昔から、エミリアを優しく包みこんでくれていた温かなぬくもりだった。

(そうだった……この優しい腕をもう二度となくしたくなくって、私は自分から手伝うって言ったんだった……)

浮かんできそうになった涙を、必死で押しとどめる。

(今さら投げ出すわけにはいかないもの。仕事だって休んでるんだから、時間の余裕だってない。……だからランドルフ様にお菓子を食べてもらったのも、これはこれで良かったのかもしれない……)

どんな状況でも、物事を前向きに考えようと努力できるのは、エミリアの良い所である。
しかし――

「もういいよ……お菓子ぐらいでランドルフ様が私を好きになるかもなんて……そんなことまだわからないし……」

強がり半分本気半分。
それでもなんとか、自分を奮い立たせようとしたのに、

「いや……あの態度は確かに変だった……」
どうしてアウレディオは、わざわざ蒸し返すようなことを言うのだろう。

「えっ、やっぱり?」
どうして母はそんなに嬉しそうな声で答えるのだろう。

周りの対応は、あまりにもエミリアの心の機微に無頓着だった。

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