大天使に聖なる口づけを
エミリアは母とまったく似ていない。
髪は栗色の巻き毛。
瞳は薄い茶色。
健康的な肌の色も、痩せて背ばかりが高いひょろっとした体つきも、何もかもが父親似だ。
絵に描いたような美少女の外見を持つ母とは、似ても似つかない。

それでも綺麗な母が自慢で、小さな頃は友だちにも鼻高々に紹介していたが、あまりに何度も、『へえ。あんまり似てないんだね……』と気の毒そうに言われることに、年を重ねるにつれ複雑な心境を覚えるようになった。

その思いは積もり積もって、今では少し憂鬱な思い出になっている。
ましてや今現在、母はこの家にいないのだから、迂闊に絵を見せて、『本当のお母さんなの?』などと疑われても、証明する手段もない。

「もちろん私の本当のお母さんよ!」と力説することもなんだか虚しくて、最近では友だちに、母の絵をわざわざ見せることはしなくなった。

だからエミリアの母がどんな人物だったのかを知っているのは、本当に小さな頃からの友人たちだけだ。

その『小さな頃からの友人たち』の中でもとりわけ傍にいて、とりわけエミリアの家の事情に詳しい人物の顔が、ふと脳裏に浮かぶ。

「そういえば昨日、明日は何かを食べたいって言ってなかったっけ……?」
柔らかな夜着を脱いで、壁にかけてあった洗いざらしの普段着へと袖を通しながら、エミリアは首を捻った。

「何か言ってたわよね……お肉じゃなくって、茸でもなくって……うーん?」
思い出せそうで思い出せないというのは、もどかしいものである。
それも朝の忙しい時間帯にその堂々巡りにはまってしまったのだから、少し腹が立ってくるのも無理はない。

(……だいたいどうして……私がこんなことで悩まなくちゃいけないんだろう?)
服の上に着けたエプロンのリボンを、腰の辺りでぎゅっと引き結んでいると、そもそもの元凶に対してふつふつと怒りが沸いてきた。
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