大天使に聖なる口づけを
家の玄関で、八年ぶりにエミリアの母と対面したフィオナは、開口一番、
「おばさま、全然お変わりないですね」
と呟いた。

妖しく瞬く黒目がちの大きな瞳を、母の周囲に巡らしているフィオナの様子を見て、
(さすがに、まずかったかな?)
エミリアは内心冷や汗ものだった。

それなのに、そのあとに続いたフィオナの言葉というのは――。

「どんな肌のお手入れをされてるんですか? これは絶対に教えてもらわなくちゃ」
鋭いのだかズレているのだか、独特の観点すぎてエミリアにも正直よくわからない。
しかし――

「あらこれ美味しい。これも。おばさまって本当にお料理お上手ですね」
次々と料理を口に運ぶフィオナが、いつもより饒舌なことには気がついていた。

「ほら。ぼうっとしてたらせっかくのご馳走が冷めてしまうわ。エミリア」
食事も喉を通らない心境のエミリアを、それとなく気遣って家までついてきてくれたのだということも――。

実際、フィオナが一緒にいてくれなければ、アウレディオの帰りを待つ間、エミリアはどんなに気持ちが塞いでいただろう。
傍にいてくれるだけでありがたかった。

食事が終わって二階のエミリアの部屋に上がったフィオナは、
「それにしても遅いわね……ひょっとして、もう自分の家に帰って寝てるんじゃないの?」
表向きはアウレディオに悪態をつきながらも、心の中ではエミリアと同じように、(きっと今日中に連絡をくれる)と信じているようだ。

そんな心境が、ありありと伝わってくることが、エミリアには心強かった。

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