あの夏に見たあの町で
走り始めた車は来た道を戻って行く
それにしても...昨日から振り回されてばっかだな...
助手席のふかふかのシートに体を預けると、一晩床で寝てしまったこともあり、疲れが押し寄せる
専務と新館について話していたはずなのに、エンジンの心地いい揺れにいつの間にか眠ってしまった
夢を見た
新が優しく抱きしめて、優しいキスをくれた
そして何かを言っている
けど
声が聞こえない
新の口元の動きだけで読み取ろうとする
殆どわからなかったけど、最後だけはっきりと読み取れた
『幸せになれよ』
そう言って新は優しい微笑みを浮かべ、光の中に消えていった
目を開けると見慣れた景色
“降りるぞ”と隣から聞こえ、専務の車に乗っていたのだと思い出す
急いでシートベルトを外し、車を降りる
“すいません、寝てしまって”
私の謝罪に“構わん”とだけ言って、車の横で伸びをする
“あの...ここ...”
聞かなくてもよく知ってる
私の実家の真裏にある高台の公園
その公園用に気持ちばかりに用意された駐車スペースを黒塗りの高級車が占領する
“俺の特別な場所”