イジワル専務の極上な愛し方
今、なにに対してお礼を言われたんだろう……。“気がついてくれて”って言葉は、どういう意味……?

分かるようで分からない専務の気持ちが、どこかもどかしく感じた──。


「今日は、遅くなりましたね」

車中、時間を確認すると十九時を回っている。今日は、専務は大事な顧客との打ち合わせで、私も同行していた。

その帰り道、すっかり明かりがネオンに変わった街並みを見ながら、自然と呟いていた。

「ああ、たしかに。ちょっと遅くなったよな。田辺さん、今日中にやらなければいけない仕事は残ってる?」

同じく窓からの景色に目を移した専務が、そう尋ねてくる。私は、数秒ほど頭のなかを整理して答えた。

「いえ、大丈夫です。残しているものはないので」

「じゃあ、ちょっと夕飯を食べて帰らないか?」

「えっ⁉︎」

まさか、晩ご飯のお誘いを受けるとは思わなくて、思いきり動揺してしまう。すると、専務は不本意だとでも言いたそうに、どこかムッとした。

「そんなに、露骨に抵抗感を見せなくてもいいだろう? この近くに、今度取引する会社が経営する店があるんだよ」

「そうなんですね……。すみません」

気まずい思いで謝ると、専務は私を軽く睨んでいる。それにいたたまれず、思わず視線をそらしてしまった。

「崎本さん、三丁目の交差点で右折して。そこにオーガニックレストランがあるから、そこで降ろしてもらっていい」

「かしこまりました」

専務は運転手の崎本さんにそう告げると、憮然とした顔で腕を組んだまま、窓の外に目をやっている。

私が思っている以上に、専務の性格は結構難しいのかも……。前秘書の人が切られたのも、お誘いを断ったからなんて理由ではないのかもしれない。

数分後にお店に到着をすると、専務が車を降りる間際、肩越しに振り向き私にぶっきらぼうに言った。

「田辺さんはどうする?」

「えっ!? も、もちろんご一緒します」

今度、取引をする会社が経営しているというのだから、私だって行かないわけにはいかない。やっぱり、顧客との会話のヒントにもなるわけだし、そもそも専務だけ行かせるわけにはいかなかった。

即返事をして、急いで車を降りる。崎本さんは、会社に戻ることになっていて、そのまま車は走り去った。

「本当、田辺さんは真面目だな。といより、意外と純な感じ?」

「ど、どういう意味ですか?」

さっきまで不機嫌そうだったのに、すっかり表情は和らいで、笑みを浮かべている。その変わりように、戸惑いっぱなしだった。

「プライベートで誘うと嫌がるのに、仕事だって言ったら迷わずついてくるんだもんな」

「それは……。私は、専務の秘書ですから。お仕事に関しては、私もしっかり把握しておかないといけないからです……」

おずおず答えると、彼はフッと笑った。

「なるほど、仕事だからか。じゃあ、まだ業務中ということで、専務命令。店、入ろうか?」

「はい……」

時々見せる軽いノリは苦手だけれど、やっぱり専務はこういう社交的な雰囲気のほうが合っている気がする……。
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