先生と私の見えない赤い糸
***
複雑な気持ちを抱えつつも、朝方になんとか寝ることができた。
(――今日は金曜日。月曜が祝日だから土日の休みを含めると、ちょうど3連休になる。今日さえ頑張っちゃえば何とかなる!)
その気合で、学校に向かった。
しかし1時限目は三木先生が担当する国語の授業。いつも通り普通にしていればいいことくらい、頭ではわっているのに、ふわふわしたまま気持ちを、どうしても持て余してしまう。だからこそ今の自分はどんなに頑張っても、普通にできない変な自信があった。
とりあえず、どんな顔をすればいいんだろうとか、顔を合わせないように俯いていようかな。なんていう無駄なことを、こっそり考えつく。
「あー、おはよう。授業始めるぞー」
いつもと変わらない、三木先生のやる気なさげな声が教室内に響く。その瞬間に心臓がドキッとして、頬が熱くなるのがわかった。
(うわぁ、まるで恋する乙女状態じゃないか。今の私、すごく気持ち悪い……)
しかも絶対に目を合わせないように俯いてるのに、どうしても三木先生が気になってしまって、チラチラとムダに姿を確認してしまう。
相変わらずのボサボサ頭にくたびれたスーツ姿で、萌えどころなんてどんなに探してもひとつも見つからないのに、どうして心臓が加速していくんだろう。
メガネの奥の瞳と一瞬合っただけで、どぎまぎしちゃって、教科書で顔を隠す私は、すっごく挙動不審に見えるかもしれない。
そんな落ち着かない気分で授業を受けているゆえに、当然勉強になるワケがなく、面白いくらいに心が上の空だった。
「おーい、安藤! 教科書で顔を隠して、堂々と寝るなよ。問い3の答えは、なんだって聞いてるんだぞー?」
「は、はいっ! えっと……、わかりません」
慌てて立ち上がって問題集を見たけど、すぐに答えられるような問題じゃなかった。
(どうしよう、三木先生に嫌われちゃうかも――)
「おまえなー、夜遅くまで起きてるんだろ? だからって僕の授業を狙って、わざわざ寝るなよな。まったくー」
私の傍まで歩いて来て、大きな手で頭をぽんぽんしてから通り過ぎて行く。
(叱られたのにすっごく嬉しい! 頭を触られちゃった!)
「あー、もー、そこもだな! 起きろこら山田。今日はみんな、乙女週間なのか?」
「やだー、それセクハラ発言です、三木先生!」
クラス中がドッと盛り上がる。他の先生なら注意して終わるのに、みんなを集中させるべくワザと面白いことを言って、授業に意識を持っていくなんて、やっぱりすごいよ、三木先生。
高鳴る鼓動を隠しながら、さっき触られた頭をこっそり触ってみた。抗えない好きという気持ちがどんどん増えていくいくのを、じわりと感じる。さっきからドキドキが止まらない――。
ドキドキ半分、ハラハラ半分のまま、気がつけば授業が終わっていた。
「連休だからって、夜遅くまで遊び倒すなよー」
一応先生らしいことをみんなに言って、教室を出ようとした大きな背中を目で追う。すると入り口に、隣のクラスの三木先生のファンのコが出待ちしているのを見つけてしまった。
「んー、山口どうした?」
あんなふうにワクワクした顔で三木先生を出待ちしていたら、声をかけずにはいられないだろうな。
「んもぅ三木先生ってば昨日返してくれたテスト、計算ミスしてましたよ。ほらほら、ここ見てくださいって」
教室から出てきた三木先生に寄り添うようにテストを見せるその姿は、私の胸をチリチリさせた。
「あー、本当だ。ごめんなー。しかもわざわざ点数が下がるのに、持って来てくれて」
「えへへ、いいんです。間違ったままなのが、どうしてもイヤだったから」
仲睦まじくしているふたりを見ていられなくなり、音をたてて椅子から立ち上がって、慌てて駆け寄る。
「みっ、三木先生!」
見つめ合うふたりに割って入るように、声をかけてしまった。どうしても胸の中のチリチリした気持ちを、なんとかしたかった。
「安藤どうした、さっきの授業の質問か?」
不思議そうな顔をして私を見る三木先生と、明らかに邪魔をするなという鋭い視線で威嚇してくる隣のクラスの女子という、微妙なトライアングルが形成された。
「えっと、あのぅ、ちょっと……」
何も考えなしに飛び込んだので、うまく言葉が続かない。制服の袖をぎゅっと握りしめながらオロオロする私の肩を、三木先生は優しく叩いてくれた。
「山口悪い、この答案は預かっておくから。おまえは例の話があって、ここまで来たんだろ? 辞典返しに行くから、図書室について来い。そこで話を聞いてやる」
例の話がさっぱりわからなかったけど、三木先生と彼女を引き離すことに無事に成功した。
内心ほくそ笑みながら、静かに頷いて一緒に図書室へ向かう。
「おまえさー、授業中といい今といい、なんか態度が変だぞー」
図書室に入るなり自分の態度を指摘され、困り果ててしまった。
三木先生のことが好きになってしまって、どうしていいかわからないから。なぁんてことが、言えるハズもなく……。
「もしかして昨日のこと、親父さんになにか言われたとか? 僕が結構無理強いして、イケメン御曹司から奈美を連れ去ってしまった件」
「違うよ。そのことについては、向こうからこっちになにも言ってきてないし」
「じゃあ、その変な態度のワケは、いったいなんだ? 非常に気になるんだが」
そう言って顔を近づけて、私をじっとを見つめる三木先生の瞳が、余計に鼓動をバクバクさせた。
「おいおい、そうやって目を逸らすなんて、やましいことでもあるんじゃないのか? 怒らないから言ってみろ、ん?」
「やましいことなんて、全然なにもありませんって! そんな疑うような目で、まじまじと見ないでください……」
耐え切れなくて三木先生に背中を向けたとき、ちょうど予鈴が鳴った。
「あー、今日いつもの時間にウチに来い。どうもおまえの様子がおかしすぎる。じっくり話を聞いてやるから、思いきって打ち明けろ。わかったな?」
「えっ、そんな――」
(打ち明けろって、それはすっごく困ってしまうよ!)
「もし来なかったら、安藤の家まで迎えに行くからなー」
私の返事を待たず、ひとりで図書室を出て行った三木先生の背中を、複雑な心境で見つめるしかなかった。
もう逃げられない――心の準備をする時間はあと6時間ほど。それまでになんとかするなんて、絶対に無理だよ。
複雑な気持ちを抱えつつも、朝方になんとか寝ることができた。
(――今日は金曜日。月曜が祝日だから土日の休みを含めると、ちょうど3連休になる。今日さえ頑張っちゃえば何とかなる!)
その気合で、学校に向かった。
しかし1時限目は三木先生が担当する国語の授業。いつも通り普通にしていればいいことくらい、頭ではわっているのに、ふわふわしたまま気持ちを、どうしても持て余してしまう。だからこそ今の自分はどんなに頑張っても、普通にできない変な自信があった。
とりあえず、どんな顔をすればいいんだろうとか、顔を合わせないように俯いていようかな。なんていう無駄なことを、こっそり考えつく。
「あー、おはよう。授業始めるぞー」
いつもと変わらない、三木先生のやる気なさげな声が教室内に響く。その瞬間に心臓がドキッとして、頬が熱くなるのがわかった。
(うわぁ、まるで恋する乙女状態じゃないか。今の私、すごく気持ち悪い……)
しかも絶対に目を合わせないように俯いてるのに、どうしても三木先生が気になってしまって、チラチラとムダに姿を確認してしまう。
相変わらずのボサボサ頭にくたびれたスーツ姿で、萌えどころなんてどんなに探してもひとつも見つからないのに、どうして心臓が加速していくんだろう。
メガネの奥の瞳と一瞬合っただけで、どぎまぎしちゃって、教科書で顔を隠す私は、すっごく挙動不審に見えるかもしれない。
そんな落ち着かない気分で授業を受けているゆえに、当然勉強になるワケがなく、面白いくらいに心が上の空だった。
「おーい、安藤! 教科書で顔を隠して、堂々と寝るなよ。問い3の答えは、なんだって聞いてるんだぞー?」
「は、はいっ! えっと……、わかりません」
慌てて立ち上がって問題集を見たけど、すぐに答えられるような問題じゃなかった。
(どうしよう、三木先生に嫌われちゃうかも――)
「おまえなー、夜遅くまで起きてるんだろ? だからって僕の授業を狙って、わざわざ寝るなよな。まったくー」
私の傍まで歩いて来て、大きな手で頭をぽんぽんしてから通り過ぎて行く。
(叱られたのにすっごく嬉しい! 頭を触られちゃった!)
「あー、もー、そこもだな! 起きろこら山田。今日はみんな、乙女週間なのか?」
「やだー、それセクハラ発言です、三木先生!」
クラス中がドッと盛り上がる。他の先生なら注意して終わるのに、みんなを集中させるべくワザと面白いことを言って、授業に意識を持っていくなんて、やっぱりすごいよ、三木先生。
高鳴る鼓動を隠しながら、さっき触られた頭をこっそり触ってみた。抗えない好きという気持ちがどんどん増えていくいくのを、じわりと感じる。さっきからドキドキが止まらない――。
ドキドキ半分、ハラハラ半分のまま、気がつけば授業が終わっていた。
「連休だからって、夜遅くまで遊び倒すなよー」
一応先生らしいことをみんなに言って、教室を出ようとした大きな背中を目で追う。すると入り口に、隣のクラスの三木先生のファンのコが出待ちしているのを見つけてしまった。
「んー、山口どうした?」
あんなふうにワクワクした顔で三木先生を出待ちしていたら、声をかけずにはいられないだろうな。
「んもぅ三木先生ってば昨日返してくれたテスト、計算ミスしてましたよ。ほらほら、ここ見てくださいって」
教室から出てきた三木先生に寄り添うようにテストを見せるその姿は、私の胸をチリチリさせた。
「あー、本当だ。ごめんなー。しかもわざわざ点数が下がるのに、持って来てくれて」
「えへへ、いいんです。間違ったままなのが、どうしてもイヤだったから」
仲睦まじくしているふたりを見ていられなくなり、音をたてて椅子から立ち上がって、慌てて駆け寄る。
「みっ、三木先生!」
見つめ合うふたりに割って入るように、声をかけてしまった。どうしても胸の中のチリチリした気持ちを、なんとかしたかった。
「安藤どうした、さっきの授業の質問か?」
不思議そうな顔をして私を見る三木先生と、明らかに邪魔をするなという鋭い視線で威嚇してくる隣のクラスの女子という、微妙なトライアングルが形成された。
「えっと、あのぅ、ちょっと……」
何も考えなしに飛び込んだので、うまく言葉が続かない。制服の袖をぎゅっと握りしめながらオロオロする私の肩を、三木先生は優しく叩いてくれた。
「山口悪い、この答案は預かっておくから。おまえは例の話があって、ここまで来たんだろ? 辞典返しに行くから、図書室について来い。そこで話を聞いてやる」
例の話がさっぱりわからなかったけど、三木先生と彼女を引き離すことに無事に成功した。
内心ほくそ笑みながら、静かに頷いて一緒に図書室へ向かう。
「おまえさー、授業中といい今といい、なんか態度が変だぞー」
図書室に入るなり自分の態度を指摘され、困り果ててしまった。
三木先生のことが好きになってしまって、どうしていいかわからないから。なぁんてことが、言えるハズもなく……。
「もしかして昨日のこと、親父さんになにか言われたとか? 僕が結構無理強いして、イケメン御曹司から奈美を連れ去ってしまった件」
「違うよ。そのことについては、向こうからこっちになにも言ってきてないし」
「じゃあ、その変な態度のワケは、いったいなんだ? 非常に気になるんだが」
そう言って顔を近づけて、私をじっとを見つめる三木先生の瞳が、余計に鼓動をバクバクさせた。
「おいおい、そうやって目を逸らすなんて、やましいことでもあるんじゃないのか? 怒らないから言ってみろ、ん?」
「やましいことなんて、全然なにもありませんって! そんな疑うような目で、まじまじと見ないでください……」
耐え切れなくて三木先生に背中を向けたとき、ちょうど予鈴が鳴った。
「あー、今日いつもの時間にウチに来い。どうもおまえの様子がおかしすぎる。じっくり話を聞いてやるから、思いきって打ち明けろ。わかったな?」
「えっ、そんな――」
(打ち明けろって、それはすっごく困ってしまうよ!)
「もし来なかったら、安藤の家まで迎えに行くからなー」
私の返事を待たず、ひとりで図書室を出て行った三木先生の背中を、複雑な心境で見つめるしかなかった。
もう逃げられない――心の準備をする時間はあと6時間ほど。それまでになんとかするなんて、絶対に無理だよ。