先生と私の見えない赤い糸
***

 君とともに
 夕日の中 何もするわけでもなく ただひとりを見つめてる
 光が輝きを増す時 波にさらわれた時間がただ色あせていく
 光の戯れに 風だけが優しく包んでいた
 波が何かを運び 心の何かと引き換えに 風と波の音色が優しく歌う
 悲しみに包まれながら、時にはため息のように 恋に傷つき恋に出逢う
 波と風と出逢うように
 時間とともに水平線の向こうに消えるまで これから出逢う月と夜空のように
 君と僕が出会うように その夜空に星を散りばめるために

 この詩がなければきっと、僕は彼女に興味を抱かなかっただろう。これを読んで、何かが閃いた勘がそう言っていた。


 ――いつもの日常、変化のない毎日――

 高校教師の僕に、突如厄介事を持ち込んだ可愛らしい生徒。

 僕の認識の中でこの生徒は、表面上はごく普通でマジメな生活態度をしているが、影ではあからさまに僕自身を嫌っている上に、バカにしているような発言を日頃からしていることに気がついていた。

 確か、NHKとか言ってたような? 何の略かは知らないが、正直なところ気分のいいものではない。

 僕自身、好かれるような容姿をしているわけじゃないし、生徒にゴマをすってまで人気者になろうとは思わない。教師として、普通に生徒に接していけばいい。そう思ってこのときも、安藤に対応した。

「とっ、ビックリした! 朝から存在感なさすぎだぞ。安藤」

 出会い頭、安藤とぶつかりそうになり慌てて体を退く。トイレから出てきたばかりの安藤の顔色がえらく冴えないことに、すぐに気がついた。一緒に暮らしていた、妹の体調の変化に気づけなかった自分――そういう過去があるので、生徒の顔色を見るのがクセとなっている。

「安藤、朝からトイレに駆け込むくらいに、具合が悪かったのか?」

 こっちはかなり心配して訊ねているのに、安藤はものすごくイヤそうな顔をする。

「いえ、大丈夫です。失礼します」

 顔を背けながら素っ気無く答え、そのまま立ち去る安藤のスカートのポケットから、カサリと何かが落ちた。グチャグチャの紙を広げると、面白いことが書いてある。目の前を歩く後ろ姿をじっと見つめ、笑いながら声をかけた。

「今日は右側の髪の毛が、可愛らしく跳ねてるぞ」

 その言葉に瞬時に跳ねた髪を押さえ振り返った顔は、かなり慌てたものだった。僕は笑いながら例の手紙をヒラヒラ見せつけ、落としたぞとアピールしてやる。

 安藤は口元をこれでもかと引きつらせつつ、急いで戻って来て、手紙を引っ手繰るように僕の手から奪った。

「人気者なんだな安藤。独り占めしたいってさ」

 ――差出人は、残念ながら女子だけどな。

「その網膜に焼きついた文字、今すぐに忘れて! 頼むからっ、今すぐに忘れて欲しい!」

 そんなのできるわけないだろ。こんな面白ネタを忘れるなんて勿体ない。もうインプットしてしまった。

「見かけによらずテレてるんだ、へぇ――」

「違うって! 困ってるんだってば! こういう手紙を貰って、ものすごぉく迷惑してるんだからね」

「そうか。その送り主、かわいそうだな。片想いか」

 差出人の女子、失恋決定だぞ。安藤はノーマルらしい。

「えっと三木先生、ここは女子高なんだけど?」

 安藤は眉間にうんとシワを寄せながら言う。まぁその気持ちはわからなくはない。僕も同性に迫られたりしたら、全力で逃げる口だ。だが生徒にはいろんな考え方があることを、教師として提供せねばなるまい。

「僕思うんだ。友達にしろ恋愛にしろ、片想いってあると思う。それが同性であっても、おかしくないだろう? しかも相手に迷惑をかけていることを全然知らず、毎日手紙を送っているなんて、健気でせつないよなぁって。南無南無……」

 親切丁寧に語りながら、安藤に向かって両手を合わせた。いやー、いろんな意味でご愁傷さま。

「三木先生、どうして毎日送られていることわかるの?」

「んー? なんとなく文脈からそうかなぁと思った。しかも、ねっこり観察されてるんだな。おまえのクラスにいる人物かもよ?」

 頭をバリバリ掻きながら言ってやると、突然瞳をキラキラさせて僕を見る。その期待に応えてやろうと、格好良くメガネのフレームを上げてみせた。

「マジで? それって誰かわかりそう?」

「もう一度、手紙を見せてくれないか? なんとなくだけど、筆跡に見覚えがあるような、ないような」

 どのコも、似たような文字を書くからなぁ。だが安藤のクラスを限定すれば、見つかる可能性はあるだろう。スマホのアプリでやり取りしているせいで、全然漢字が書けないことを生徒に知らしめるのに、ちょうどいい機会かもしれない。

「じゃあここに載ってる漢字を使って、小テストして確かめてみるか?」

(影で悪口を言ってようが、一応かわいい生徒。助け舟くらい出してやるよ)

 端的なやり取りのあとに提案してやる。そんな僕の顔を、穴が開きそうな勢いでじっと見つめられた。他のクラスでも漢字の小テストをすることは、ナイショにしておかねば。

 そこから彼女とのやり取りが始まったのだった。
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