先生と私の見えない赤い糸
***
高校を卒業して、早5年が経った。
5年間にあった自分の周りの出来事に思いっきり翻弄されつつも、それなりに楽しく毎日を過ごしていた。父親の会社が倒産、大学を中退して働き口を探していた私を、バイトで勤めていた本屋の店長さんのご好意で、社員として勤めることになった。
他にも日々の面白い日常をエッセイとしてブログに掲載したら、それなりに人気が出たりと、何となく文章を書いて生活していた。
――そんなある日。ブログに、変なメッセージが届いた。
『やっと見つけた、僕の虹美』
たまに気色悪いメッセージがくることがあるので、当然構わずにいつもなら無視するところなんだけど。やっと見つけたという文面が、心に妙に引っかかってしまった。
「アナタ誰ですか? いきなり気持ち悪いですね」
名前くらい名乗れよと意思表示して送信したら、すぐに返事がくる。
(ちょっ、早い……)
顔を引きつらせて文面を読み進めていくうちに、体が固まってしまった。
『ああ、済まんな。僕のつけたペンネームを使っているのが嬉しくて、つい名乗るのを忘れてしまった』
僕がつけたペンネーム……まさか――。
「もしかして苗字に、三がつく人ですか? もういい大人なのに、名前くらい名乗ってくださいよ」
『相変わらず、キツい突っ込みしてくれるのな。変わっていなくて何より。いやー、探すのに手間取ってしまって、こんなに時間がかかってしまった。待たせて悪いな、奈美』
三木先生からのメッセージを読んで、思わず胸が熱くなる。
――ずっと探してくれていたの?
「私だって今までいろいろあって、大変だったんだよ。三木先生と連絡を取りたくても、あの手紙からじゃできなかったし」
『あー、悪い。当時バタバタしていて書き忘れた。奈美の親父さんが倒産して、引越しするとは思わなかった。本当に、何が起こるか分からないものだな。お前はきっと文章を書くって確証だけがあったから、探し出すことができたんだよ。辞典を渡した甲斐があった』
「なに、その自信。私が文章を書いてなかったら、見つけ出せなかったんじゃない」
『書く楽しさと読んでもらう喜びを、しっかりと植えつけてやったんだ。絶対に書くって思ってた。だから繋がることができたんだ』
パソコンの向こう側で、したり顔してるのが目に浮かぶ。何か腹が立つなぁ。
「でも、三木先生に見てもらってた小説、あれから進んでません。誰かさんのせいで、ずっと放置したままですよ」
『じゃあこれから、はじめようか。どうせお前、彼氏いないんだし、ちょうどいいだろ』
なぜ、いないって分かるのかな!?
『そんなの、お前のブログを読んでいれば一目瞭然だ。ばか者! 毎日楽しそうに、ひとりで過ごしているじゃないか』
「先生はカレシ(仮)が、再開されるんですね」
『もう先生じゃないし、(仮)もいらないだろ。奈美、こっちにきて僕のお嫁さんになれ』
おいおい、どうしてメッセージに大事なことを書いちゃうかな。
「相変わらずそういう大事なことを、文章にしちゃうのがイヤですよ。直接逢って、三木先生の口から言って欲しいです」
『文章で心を通わせるのが僕たちの愛し方だと思ったから書いたんだけど。やっぱり、直接言わないとダメか……』
「当たり前ですよ! ずっと待たせた上に、この仕打ちは倍にして返しますからね」
今の三木先生、どんな風になってるんだろう? きっとボサボサ頭は相変わらずで、メガネと一体化していそう。
『我が侭は変わらないんだな。分かったよ、逢った時にちゃんと言うから、倍返しは勘弁してくれ』
「分かりました。でも太っていたら振るかもしれませんので、覚悟してください」
このメッセージを送信してから、しばしの間、三木先生から返信がなかった。もしかしたら不規則な生活をして、激太りしたのかもしれない。
『見た目はそんなに変わってない。ただちょっとだけ下腹が、その……。あとは白髪が増えた程度だ。頼むから振らないで欲しい! じゃないと今までの努力が水の泡になる。それだけは避けたい。仕事も安定したし、真面目にお前しか想ってないから。神と仏に誓う!』
「分かりましたよ、一応信じてあげます。で、いつどこで逢いますか――?」
見えなかったラインが三木先生の粘り強い捜索のお陰で、ちゃんと繋がることができた。これからはじまる私たちの物語の結末は、一体どうなるんだろう?
実際に逢ってから答えを出そうかなと思いつつも、心の奥底に秘めていた気持ちは決まっているんだよね。
ずっと三木先生のお嫁さんになりたいって思っていたから――
パソコンの傍に置いてある国語辞典を手に取り、ぎゅっと抱きしめた。
目の前の画面には今までの時間を埋めるように三木先生の書いた、たくさんの文字が溢れている。それを読み返すと高校時代に感じた甘酸っぱい想いが、ぶわっと蘇ってきた。
「しょうがないから、もう1度恋してあげますよ。だから逃げないで下さいね」
念を押して送信、逃げられないようにしっかりと確保した。
ボキャブラリーはあまり増えていないかもしれないけど、今まで蓄積させた気持ちをぶつけてあげる。
だから覚悟していてくださいね、三木先生。
おしまい
高校を卒業して、早5年が経った。
5年間にあった自分の周りの出来事に思いっきり翻弄されつつも、それなりに楽しく毎日を過ごしていた。父親の会社が倒産、大学を中退して働き口を探していた私を、バイトで勤めていた本屋の店長さんのご好意で、社員として勤めることになった。
他にも日々の面白い日常をエッセイとしてブログに掲載したら、それなりに人気が出たりと、何となく文章を書いて生活していた。
――そんなある日。ブログに、変なメッセージが届いた。
『やっと見つけた、僕の虹美』
たまに気色悪いメッセージがくることがあるので、当然構わずにいつもなら無視するところなんだけど。やっと見つけたという文面が、心に妙に引っかかってしまった。
「アナタ誰ですか? いきなり気持ち悪いですね」
名前くらい名乗れよと意思表示して送信したら、すぐに返事がくる。
(ちょっ、早い……)
顔を引きつらせて文面を読み進めていくうちに、体が固まってしまった。
『ああ、済まんな。僕のつけたペンネームを使っているのが嬉しくて、つい名乗るのを忘れてしまった』
僕がつけたペンネーム……まさか――。
「もしかして苗字に、三がつく人ですか? もういい大人なのに、名前くらい名乗ってくださいよ」
『相変わらず、キツい突っ込みしてくれるのな。変わっていなくて何より。いやー、探すのに手間取ってしまって、こんなに時間がかかってしまった。待たせて悪いな、奈美』
三木先生からのメッセージを読んで、思わず胸が熱くなる。
――ずっと探してくれていたの?
「私だって今までいろいろあって、大変だったんだよ。三木先生と連絡を取りたくても、あの手紙からじゃできなかったし」
『あー、悪い。当時バタバタしていて書き忘れた。奈美の親父さんが倒産して、引越しするとは思わなかった。本当に、何が起こるか分からないものだな。お前はきっと文章を書くって確証だけがあったから、探し出すことができたんだよ。辞典を渡した甲斐があった』
「なに、その自信。私が文章を書いてなかったら、見つけ出せなかったんじゃない」
『書く楽しさと読んでもらう喜びを、しっかりと植えつけてやったんだ。絶対に書くって思ってた。だから繋がることができたんだ』
パソコンの向こう側で、したり顔してるのが目に浮かぶ。何か腹が立つなぁ。
「でも、三木先生に見てもらってた小説、あれから進んでません。誰かさんのせいで、ずっと放置したままですよ」
『じゃあこれから、はじめようか。どうせお前、彼氏いないんだし、ちょうどいいだろ』
なぜ、いないって分かるのかな!?
『そんなの、お前のブログを読んでいれば一目瞭然だ。ばか者! 毎日楽しそうに、ひとりで過ごしているじゃないか』
「先生はカレシ(仮)が、再開されるんですね」
『もう先生じゃないし、(仮)もいらないだろ。奈美、こっちにきて僕のお嫁さんになれ』
おいおい、どうしてメッセージに大事なことを書いちゃうかな。
「相変わらずそういう大事なことを、文章にしちゃうのがイヤですよ。直接逢って、三木先生の口から言って欲しいです」
『文章で心を通わせるのが僕たちの愛し方だと思ったから書いたんだけど。やっぱり、直接言わないとダメか……』
「当たり前ですよ! ずっと待たせた上に、この仕打ちは倍にして返しますからね」
今の三木先生、どんな風になってるんだろう? きっとボサボサ頭は相変わらずで、メガネと一体化していそう。
『我が侭は変わらないんだな。分かったよ、逢った時にちゃんと言うから、倍返しは勘弁してくれ』
「分かりました。でも太っていたら振るかもしれませんので、覚悟してください」
このメッセージを送信してから、しばしの間、三木先生から返信がなかった。もしかしたら不規則な生活をして、激太りしたのかもしれない。
『見た目はそんなに変わってない。ただちょっとだけ下腹が、その……。あとは白髪が増えた程度だ。頼むから振らないで欲しい! じゃないと今までの努力が水の泡になる。それだけは避けたい。仕事も安定したし、真面目にお前しか想ってないから。神と仏に誓う!』
「分かりましたよ、一応信じてあげます。で、いつどこで逢いますか――?」
見えなかったラインが三木先生の粘り強い捜索のお陰で、ちゃんと繋がることができた。これからはじまる私たちの物語の結末は、一体どうなるんだろう?
実際に逢ってから答えを出そうかなと思いつつも、心の奥底に秘めていた気持ちは決まっているんだよね。
ずっと三木先生のお嫁さんになりたいって思っていたから――
パソコンの傍に置いてある国語辞典を手に取り、ぎゅっと抱きしめた。
目の前の画面には今までの時間を埋めるように三木先生の書いた、たくさんの文字が溢れている。それを読み返すと高校時代に感じた甘酸っぱい想いが、ぶわっと蘇ってきた。
「しょうがないから、もう1度恋してあげますよ。だから逃げないで下さいね」
念を押して送信、逃げられないようにしっかりと確保した。
ボキャブラリーはあまり増えていないかもしれないけど、今まで蓄積させた気持ちをぶつけてあげる。
だから覚悟していてくださいね、三木先生。
おしまい