先生と私の見えない赤い糸
絡まる想い
バルコニーから見える桜を、タバコを吸いながらぼんやり眺めていた。

「ここでタバコを吸うのも、だいぶ楽になってきたな。暖かくていいや」
 
 ひとりでぽつりとひとりごと。そしてまたタバコを吸った時――

「ねぇねぇ、三木先生ってば、どうしてちゃんと読んでくれないの? 感想欲しいのに!」

 手に束ねられた原稿用紙らしき紙を手に持ち、ふてくされた顔した奈美が傍にやって来た。

「あー? どうして僕がそんなもの読んで、感想言わなきゃならないんだ。ときめかない文章を読んでも、何も出てこないぞ」

「んもぅ、ときめかなくていいから! 文章の流れとか重複部分とか細かい指摘が、私としては欲しいんだってば」

「タダではやらん」

「うわぁ、最低。もう、いいもん!」

 僕の頭に紙の束をばさりとぶつけ、身を翻して家の中に入って行く。

 やれやれ――自分がしている行動が高校時代と同じだって、どうして分からないんだろうか。(成長していないと言いたい)

 僕を操縦する簡単な方法が分からないなんて、まだまだだな。

 苦笑いしながら短くなったタバコを灰皿に押し付け、同じように家の中に入った。

 テーブルに置かれたノートパソコンの前にしゃがみ込み、可愛くない顔をしてゲームをしようとしている後ろ姿が目に留まる。

「どうして愛しの旦那がいる目の前で、堂々と乙ゲーを始めようとするんだ」

 一応新婚なんだぞ、ラブラブなんじゃないのか?

「それは、三木先生が萌えをくれないからだい。ビジュアルとかときめく言葉とか、残念なことに大事な要素が欠けてるからね」

 こっちを見ずパソコン画面に釘付けのまま、酷いことを言い放つ奈美。

(ほー、言ってくれる。ビジュアル、こんなので悪かったな!)

 僕は無言で後ろから体を抱きしめながらノートパソコンに手を伸ばして、画面を閉じてやる。

「あっ、ちょっと! これからいいトコなのに何するの!?」

「何するのって、決まってるだろ」

 形のいい奈美の耳を食むと、身体をビクつかせた。

「奈美を実際にこの手で感じさせられるのは、僕だけなんだからな。毎晩ひーひー言ってるのは、どこの誰なんだっけ?」

「ふん! 毎晩ヒーヒー言いながら、息を切らしてる誰かさんにだよ」

 確かに――頑張りすぎて息を切らしながら、必死こいてるけどさ。ひとえに、奈美の感じてる姿が見たいから。

 今まで我慢していた分、愛し合いたいって思っているんだ。お前を僕に溺れさせたいから……。

 いろんな想いを胸に抱えて、しっかりと抱いているというのに、この口の悪さはいかがなものだろうか。

 ふてくされた顔をした奈美のオデコに、そっとキスをしてやる。

 ――そんなことで、誤魔化されないんだから。

 瞳はそう語っていたが、感情は正直なもので頬が赤く染まった。こういう表情のひとつひとつに、俺自身は簡単に翻弄されてしまうんだよな。

 含み笑いをしながら後ろから洋服のボタンを外そうと、いそいそ手を伸ばしてみたら。

「えっ、これからするの?」

「んー、自分で脱ぐか?」

「いや、待って。昨日――」

 僕の手を掴んで動きをストップさせつつ慌てふためく。真っ赤な顔を隠すのに俯いても、握りしめられる手から伝わってくる熱がしっかりと照れを表していた。

「昨日は昨日。今日は今日なんだよ。それにこういう事態を招いたのは、奈美のせいなんだからな」

「私、何もしてないじゃない」

「思いっきり目の前でしただろ。2次元の男に、ちゃっかりときめいてくれちゃって!」

「それとこれとは、話は別だよ。もうバカなんだから……」

 掴んでる僕の手を、ぎゅっと握りしめた。伝わってくる熱が心地いい。

「それでも嫌なんだよ。生涯奈美は、僕だけのものであって欲しいと思ってるから」

「三木先生――私も同じように思ってる」

「へー、そうなのか」

 素っ気無く言ったつもりなのに、思った以上にぬるい声色で答えてしまった。

「いい加減、その三木先生もやめたらどうだ。同じ苗字になったのに、いつまでたってもその呼び名は可笑しいだろ?」

 咳払いをして言うと、だってーと口の中でごもごも呟く。

「私の中では三木先生は三木先生だから、いきなり別の名前で呼べって言われても、やっぱり戸惑っちゃうよ……」

 テレながら上目遣いで僕を見るその姿が、意外に可愛いと思ってしまった。

 そんな気持ちに導かれるように、衝動の赴くまま顔を寄せて唇を奪う。

「……っ、んっ…」

 乱れた吐息が、静まり返ったリビングにこだました。

 唇を離すと途惑いに満ちた瞳と視線が絡んだのに、ふっと避けられる。自分を意識してほしくて、濡れた唇を親指で拭ってやった。

「じゃあ名前に、先生をつけたらどうだ? それなら呼べるだろう」

 イメクラを率先するわけじゃないが、僕なりに呼びやすいよう考えてみた。果たして素直に、いうことを聞いてくれるだろうか?

「えっと……靖伸、先生――」

「お前の心も唇も、綺麗な身体も全部僕だけのものだからな。覚えておきなさい」

 そう言って、その場に押し倒した。

「みっ、靖伸せんせ、いきなりこんな」

「口答え禁止。悪い生徒にはお仕置きです」

「そんな、意地悪言わないで」

「愛してる、奈美――」

 文句を言いそうな唇に、再び唇を重ねてやる。そして奈美の首筋に唇を這わせながら、ボタンを外していった。

「あ、待って……」

(ここまでして待てと言うのか)

「あの、えっと、ここじゃなく寝室に行こう?」

 たまに別な場所でするのも、オツなものだと思うのだが。

 顔を真っ赤にさせて譲歩しようとしてる姿に、しょうがないなとため息をついた。

「目の前でワザと乙ゲーしたり、そういう事を言って、わざと僕を煽っているのか? 余計にここで、やりたくなるんだけど」

「そそそんなつもりは全然ないよ。落ち着いてしたいっていうか……」

 落ち着いてしたいって、何なんだそれ。

 脱ぎかけのシャツから見える鎖骨に、そっと唇を這わせる。白い肌に、キレイな赤い花が咲いた。

「ちょっ、ダメ! やだってば」

 困らせたい。もっと焦らせて、感じさせたい――毎晩抱いているのに、全然足りないとか重症だよな。

 無言で膝裏に腕をさし込み、奈美の身体を持ち上げてやった。

「しょうがない、ワガママな生徒の言うことを聞いてやるよ」

 ゆっくりした足取りで寝室へと向かい、ベッドに優しく横たわらせた。

 柔らかい肌に触れるたびに切なそうな表情を浮かべて、僕の名前を甘い声で呼ぶ。

 その声がもっとと強請っているように聞こえるのは、気のせいだろうか。

 胸に甘ったるい疼きを感じながら、奈美の耳元に唇を寄せた。

「僕の操縦法なんて簡単なんだから、今度は上手く使ってお強請りしてごらん。何だって言うことを聞いてしまうかもよ?」

 笑いながら言うと僕の躰に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる奈美。

「じゃあ、えっと――」

 告げられた言葉を聞き頷くと、甘いひとときを仕切り直すべく深く唇を重ねた。

 絡まるお互いの想いを、もっと絡ませるように――

 おしまい

最後まで閲覧ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
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