先生と私の見えない赤い糸
***

 翌週の国語の時間、予告どおり漢字の小テストが行われた。

 どんな問題が出題されるか、まったくわからない状態だからこそ、テスト勉強なんか面倒くさくて、当然するハズもない。それは私だけじゃなくて、クラスメートも同じだった。

 それ以上に気になったのは、自分が解くであろう漢字の小テストの回答された筆跡を見るだけで、三木先生は手紙の主を判別することができるんだろうかということだった。

 そんな一抹の不安を抱えつつ、前の席から送られてきた答案用紙を見てみる。

「うわっ、これはいったい……」

 クラスのみんながテスト前とは思えない、変などよめき方をした。

「おーい、無駄に騒ぐな。とっとと始めろよー」

「三木先生、この漢字のテストって、どこの恋愛小説から写してきたんですか? すっごくときめいちゃって、漢字が全然書けませーん」

 一番前にいる目立ちたがりのクラスメートが、わざわざ席を立って質問する。他にも、いやぁなんか照れちゃうよねというヒソヒソ話を、隣の席の友人と喋ったりしていた。クラスにいる全員が、ここぞとばかりにツッコミを入れたくなるだろう。こんな漢字の問題は、今まで見たことがない。

『いつも向かい側から貴方を(モクシ)してるの。
 友達とふざけ合ってる時に(グウゼン)知った貴方の名前。
 その名前を口ずさんでみたら
 好きという気持ちが(イッソウ)(カソク)した。
 この想いが(バクハツ)する前に
 貴方の前に(ドウドウ)と(ナノリ)出て 自分の気持ちを告げる事ができるように
 告白の(セリフ)を考えておくね
(ゼッコウ)の(シュンカン)を夢に見てる』

 私宛に来た手紙の中身を三通、三木先生にそのまま渡した。だから、中身がどんなものかは不明だけど、もしかして日に日に内容が過激になっていったのかな?

「この問題は先生が考えた。どうだ、ときめいただろ? ときめきながら、どんどん漢字を書いてくれたまえ!」

 ザワザワッ!

 意外すぎる事実に、さっきよりもどよめく教室。

(――当然だよ、みんなドン引きするって……)

 あの顔でこの文章を考えてる姿を想像しただけでも、ぞわっと鳥肌ものだ。三木先生の家で話した方言じゃないけど、自分がNHKであることを、さらに強調しちゃってる。

「はいはい、意外な才能に感心しないで、さっさと始めろ。時間は十分しかとらないからなー」

 その言葉にみんなは慌てて、机にかじりついた。ときめく問題を必死に解くべく、シャーペンの音が耳に聞こえてくる。

 三木先生はテストの間、教室内をくまなく歩き、みんなの出来具合を確認しているようだった。

 私の横を通り過ぎながら、小さな紙片をポイッと机にさりげなく置いていった。顔を上げたときには、黒板に向かって前進していて、どんな顔をしてるかは判別できない。

 置かれた小さな紙片を見て、思わず口元を緩めてしまった。

 私の頭を撫でたあの大きな手で、この紙をちまちま折ったのかと思ったら、似合わなすぎて苦笑しか出てこない。

 忍び笑いをしつつ、周りを警戒しながら三木先生から渡された手紙を開き、中を確認してみた。

『今日中に手紙の差出人が分かると思うから放課後、進路指導室に呼び出しておく。急いで来るように。急ぎすぎて、転ぶなよ。 NHKより(泣けるほど本格的に格好いいの略)』

「ぷぷっ!」

 語尾の文章を読み終えた途端に、反射的に吹き出してしまい、慌てて口元を押さえたけど、声が思いっきり漏れてしまった。

「おー、どーした?」

「すす、すみません。ちょっと風邪気味で。ごほごほ……」

 涙目になりながら眉根を寄せる私の姿を見て、三木先生はしたり顔をする。

「風邪気味にしちゃ元気そうだな。無理してなくてなによりだ」

 言いながら、腕時計で時間を確認した。

「あと三分だぞ、頑張れよー」

 よく通る声で言うと、さっきと同じように歩き出す。

(――無理してなくて、何よりって。密かに心配してくれたのかな? 先週のこと……)

 ぼんやり思いながら、テストの答案を眺めた。

『告白の(セリフ)を考えておくね』

 三木先生は写真の彼女に、どんな告白の台詞を伝えたんだろう?

 なぜだかこの問題が、妙に気になって仕方がなかった。
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