冬至りなば君遠からじ
 先輩は坂の途中で脇道にそれて、石段を登り始めた。

 笹山公園という丘だ。

 名前の通り小高い山だけど、笹は生えていなくて、欅の木に囲まれている。

 今は樹木の葉も落ちて、石段には落ち葉が散乱している。

 上の方から落ち葉を踏みしめる音が聞こえてくる。

 足音がするということは、ちゃんと足があるということだ。

 やっぱり幽霊じゃないんだろう。

 そもそも学校でも青ラインの上履きをはいていたよな。

 そんな当たり前のことを思いながら、僕も石段を登った。

 凛が落ち葉を踏まないようにつま先立ちで上がっていく。

 ふくらはぎがつりそうだけど、音を立てたら凛に怒られるだろうから我慢した。

 石段の先は見晴らしの良い広場に出る。

 そこには展望台があってコンクリートの階段がついている。

 展望台のまわりには桜の木が植えられていて、春はそれなりに華やかな場所だ。

 でも今は冬だから何もない。

 中学生の頃、凛とここに二人で来たことがある。

 あの時、凛は僕をおいていくように駆け上がって、腰に左手を当てて右手をかざしながら隊長みたいに「早く来なよ。うちのマンション見えるよ」と上から偉そうに見下ろしていたっけ。

 凛は覚えているだろうか。

 僕は今でもはっきり覚えている。

 短めのスカートの下からパンツがチラ見えしていたからだ。

 そのことはあれ以来内緒にしている。

 僕は他にも凛に白状していない秘密がいろいろある。

 そのうち三つはパンツがらみだ。

 あんまりありがたみはない。

 先輩はコンクリートの階段に腰掛けて街を眺めていた。

 ここからは糸原高校の広い校庭、線路の向こうにはイオンの看板も見える。

 僕の生活圏すべてを見渡せる場所だ。

 凛は広場の手前で立ち止まって、石段の段差を利用して隠れながら様子をうかがっていた。

「勉強はどうするんだよ」

 僕の問いかけに、凛は人差し指を口に立てて僕をにらみつけた。

「赤点やばいんだろ」

 凛は数学と英語の平均点がかなり悪い。

「なあ、帰ろうよ」

 かなり傾いた十二月の日差しが丘の斜面を真横からまぶしく照らしている。

 街全体がオレンジ色に染まっていた。

 立ち止まっているせいでだんだん冷え込んできた。

「なあ、僕らの影、さっきから丸見えだぞ」

 石段から顔をのぞかせている二人の影が広場にかなり細長く伸びていて、動きが丸分かりだ。

 探偵としては初歩的なミスだよ。

「分かったよ。あんたも来な」

 凛は石段を駆け上がって、展望台に駆け寄った。
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