冬至りなば君遠からじ
 凛とはそれっきり話をしなかった。

 教室では僕にも高志にも話しかけては来なかった。

 高志も試験に集中しているのか、自分の席から離れなかった。

 まあ、三人とも成績に余裕なんてないんだから無駄話をしている場合じゃない。

 先輩が幽霊だということをどう切り出したらいいのか分からなくて、僕も話しかけにくかった。

 話しても話さなくても、結局、初日の試験の感触はさんざんだった。

 先輩のことも、凛のこともどちらも気になって試験どころじゃなかった。

「中和滴定」なんて言葉で凛のチューを思い出して赤面するなんて、中学生レベルのことをやってるんじゃあね。

 まあ、赤点ではないだろうけど、明日からの分はもっと真面目に頑張らなきゃならないだろうな。

 その場だけの反省ならいくらでもする。

 勉強するより簡単だ。

 二科目の試験が終わって今日はもう下校だ。

 凛はすぐに教室を出て一人で帰ってしまった。

 僕らの顔も見ずに逃げ出したような感じだった。

 あいつもよほど試験がダメだったのかな。

「朋樹、ちょっとつきあってくれよ」

 高志が帰りに僕を誘うなんてめずらしい。

 家が逆方向だから高校に入ってから一緒に帰ったことがない。

「いいよ」

 昼時だから何か食べていってもいいかと思ってついていくことにした。

 家に昼ご飯は用意されてるけど、オヤツにでもすればいい。

 早弁の反対の遅弁だ。

 僕は高志と一緒に教室を出た。

 幽霊の話もしたかったからちょうどいい。

 昇降口の靴箱には凛の上履きが斜めに入っていた。

 よほど機嫌が悪かったんだろうか。

 校門を出て、ため池の脇道を通り過ぎたところに踏切がある。

 こちらの踏切は若松神社前の歩行者用と違って、車も通行できる大きさだ。

 そこを渡ればすぐに国道に出る。

 ちょうど電車が来て遮断機が下りていたので僕は高志に昨日の話をした。

「なあ、あの先輩なんだけどさ」

「先輩って、イチカタって人だっけ」

「違うよ、『ひとひら』だよ」

「それがどうした?」

「幽霊だったよ」

「ふられたってことか?」

 どうしたらそんな受け取り方になるんだよ。

「いや、だから、幽霊なんだよ」

 高志はあからさまに馬鹿にした顔になった。

「まあ、恋なんてはかないもんだよ。それでいいじゃんか。幽霊みたいな幻の相手だったってことで忘れればいいさ」

 そういう意味じゃないんだけどな。

 考えてみると、高志の反応も当然だ。

 実際に消えたりする瞬間を体験してもらわないと、話だけで理解してもらうのは難しい。

 心配していた通りの反応だな。

 これ以上しつこく言ったら、勉強しすぎてどうかしたんじゃないかと思われてしまうか。

 警報がやんで遮断機が上がる。

 もう僕は先輩の話をするのをあきらめていた。
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