冬至りなば君遠からじ
 食べ終わって先輩が僕たちを交互に見ながら言った。

「なあ、おまえ達、私に感情を教えてくれないか」

「感情ですか」

 僕はふと思いついたことを口にした。

「そうすれば幽霊じゃなくなっちゃうんじゃないですか」

 凛が手を叩いて喜ぶ。

「じゃあ、なおさらいいじゃん。先輩人間化計画だね」

 この前は探偵ごっこ。

 今また凛の新しい遊びが始まったらしい。

 先輩が膝にひじを突いて少し前屈みになりながら尋ねた。

「まず、おもしろいとは何だ」

「おもしろいっていうのは、楽しいとか、笑っちゃうようなとか。そんなやつです」

「楽しいとは何だ」

「おもしろい……じゃだめか。んー、なんて言ったらいいんだろうね」

 話が戻ってしまうので凛が言葉に詰まってしまった。

「笑うというのは、なぜ笑うのだ」

「おもしろいからですね」

「それでは説明になっておらんな。さっぱり分からんぞ」

「ああ、なんかもう、ガイジンに納豆の説明しているみたいな変な会話」

 凛が顔をしかめて首を振る。

 僕もなんと説明していいのか全く思いつかなかった。

「そういう時ってどうすればいいのかな?」

 僕のつぶやきに、凛が即答した。

「実際に納豆食べさせた方が早いじゃん。言葉で説明するんじゃなくてさ、おまんじゅう食べたらおいしいという感情が伝わったみたいにさ。実際にそういう経験をしてもらえばいいんじゃん」

 凛は手を叩きながら、自分で言った言葉に自分でうなずいた。

「うん、そうだよ。だからさ、おもしろいことをどんどんやってみればいいんだよ。あんた、なんかダジャレ言いなよ」

 うわ、いきなりハードル上げてきたよ。

「ふとんが……」

「つまんねえよ。おっさん以下だな。ていうより、今時のおっさんに失礼なレベルだろ」

 そこまで言うかよ、ひどいな。

 まあ、確かに僕にはダジャレのセンスはないけどね。

「ダジャレなんて思いつかないよ。大ピンチだな」

 僕にダジャレの神が舞い降りた。

「レオナルド・大ピンチ……、なんてね」

 凛が笑い出す。

「くだらねえ。笑っちゃうくらいくだらないね。ひっでえダジャレ」

 笑っておいてひどいんですけど。

 先輩が表情を崩さず僕の目を見つめた。

「それは何がおもしろいのだ」

「あの、レオナルド・ダビンチっていう歴史上の有名人がいてですね、その人の名前と大ピンチが似ていておもしろいなと」

「そうか。ダビンチ、大ピンチ。これはおもしろい。おもしろい。そうか、おもしろいということなんだな。ダビンチが大ピンチと似ていておもしろい」

 僕の説明を理解しようとしているのか、先輩が何度も繰り返す。

 そんな先輩の様子を眺めながら笑いをこらえて凛が僕の腕をつつく。

「ほら、朋樹、おもしろいってよ。よかったじゃん」

 先輩、許してください。

 お願いです、おもしろくありませんから。

「こういうときには笑うという行為をおこなえばよいのだな」

「まあそうですね」

「じゃあ、こんな感じでどうだ」

 ぎこちない笑顔だったけど、僕は一瞬で引き込まれた。

 彫刻のようだった顔の輪郭が柔らかくほぐれて、頬がおまんじゅうのように丸くなる。

 冷たく光のなかった瞳にあたたかさが宿る。

 幽霊とは思えないような柔和な笑顔だった。

 こんな笑顔で朝「おはよう、朋樹」なんて言われたら、僕の学校生活は天国だろうな。

 ふと横を向くと、凛が僕を見て黙っていた。

 え、なに?

 なんでもないわよ。

 凛がぷいと顔をそらした。
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