冬至りなば君遠からじ
 先輩が笑顔のまま僕らに尋ねた。

「なあ、人にぶつかったときにはなんて言えば良いのだ?」

「そういう時は『ごめんなさい』か『すみません』ですね」

「そうか。私はよく人にぶつかるのでな」

 先輩がまた無表情になってうなずく。

「あと一つ。こういう時は何と言えばいいのだ?」

「こういう時?」

「物を教えてもらったりまんじゅうをもらった時だ」

「それは『ありがとう』ですね」

「そうか」

 先輩は立ち上がって僕らに頭を下げた。

「ありがとう」

 凛が笑顔で返す。

「どういたしまして」

「またまんじゅうをくれよ」

 凛が僕の袖を引っ張って先輩の方に押し出した。

「先輩」

「なんだ」

「おもしろくないときでもこいつに笑顔を見せてやって下さいよ」

「それが普通なのか」

「先輩の笑顔が素敵だからですよ」

「素敵とは何だ」

 凛が首を傾げて言葉を探している。

 説明が思い浮かばないらしい。

「よくわからないけど、コイツが喜ぶんですよ。先輩の笑顔を見ると。それが『素敵』ってやつです」

 おい、何言ってんの。

「よく分からないが笑顔というものを見せればよいのだな」

 先輩の笑顔は確かに素敵だった。

 凛の言うとおりだった。

 それを見た凛も笑う。

「すごく素敵ですよ、先輩。いつも笑顔でいるといいですよ」

「おまえの笑顔も素敵だぞ」

 言われた凛は頬を染めて照れていた。

 そんな凛は今まで見たことがなかった。

 ここにもまた僕の知らない凛がいた。
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