冬至りなば君遠からじ
 サラダが運ばれてきた。

「葉っぱだな」

 先輩の一言にウェイターさんが微笑みを返す。プロだな。

 凛がフォークで食べる様子を見ながら先輩も葉っぱをつつく。

「うん、なるほど、油の香りがおもしろいな」

「オリーブオイルとバルサミコ酢ですよ」と凛。

 オリーブオイルくらいはもちろん知ってるけど、バルサミコ酢というのは女子にはふつうなのか。

 千円のランチがふつうだと思う世界の住人にはふつうの情報なのか。

 あっという間に食べ終わってしまった。

「先輩は味が分かるんですか」

 僕の質問に不思議そうな表情で返事をした。

「そうだな。なぜ分かるのだろう」

「おいしかったですか?」と凛も尋ねる。

「ああ、あっという間に食べてしまったな」

 確かにバルサミコ酢とオリーブオイルのバランスが絶妙でこれならお値段も納得の味だった。

 先輩が思いがけないことを言った。

「おまえと一緒に食べていると何でもおいしいんだろう」

 直球すぎる言葉を正面からくらって、僕の顔は破裂しそうなほど熱くなった。

 どう返事をしていいのかも分からないし、先輩の顔を見ることもできなくて、店内を見渡すしかなかった。

 凛が僕を見て笑いをこらえている。

 先輩がもう一言つぶやいた。

「おまえは最高の調味料だな」

 良かったじゃんと、凛が僕の腕をつついて、ついにこらえきれなくなったのか、くすくす笑いだした。

 ママ友グループの人たちがちらりとこちらを見ていた。

 ウェイターさんが間に立って隠すように絶妙なタイミングで現れてサラダの皿が下げられた。

 僕たち三人の和やかな雰囲気を受け止めるように、微笑みを振りまいていく。

「おまえは今なぜ顔が赤いのだ」

 先輩の質問は遠慮がない。

「こいつ、照れてるんですよ」と凛が横から入る。

「照れるとは何だ」

「恥ずかしい、……ああ、これも説明しにくいね」

 凛が腕を組んでうつむく。めずらしく頭を使っているようだ。

「好きな人にほめられてうれしすぎて自分の居場所が分からなくなることです」

 凛にしてはすごく筋の通った説明だ。

「照れる、ふむ、そうか。なるほど。おまえは私が好きなのか?」

 先輩が僕を見つめる。

 僕は返事ができなくてコップの水を一口含んだ。

 素直に言いなよ、と凛がささやく。

「好きといえば好きですけど、憧れているというか、素敵だなと思うというか」

「それは好きではないのか」

「好き……ですね」

「ならばそれでいいではないか」

 凛は僕と先輩のやりとりを見ながら、微笑んでいた。

 からかうようなことはなかった。

 僕と目があって、軽くうなずいていた。

 正直、どういう意味でうなずいているのか分からなかった。

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