冬至りなば君遠からじ
国道を渡って、駅前商店街を歩く。
どのお店もシャッターが下りていて、蒲鉾屋さんだけが開いていた。
駅前に出て、黒田書店の前を通り過ぎて跨線橋の階段を上がる。
僕らの家は線路の南側だ。
「なあ、凛」
僕が呼びかけても返事をしない。
でも、怒っているような表情ではなかった。
もちろん楽しそうなはずがない。
おびえているんだろうか。
やっぱりまだ怖いんだろうか。
改札口を素通りして、跨線橋の反対側に出る。
南口の駅前ロータリーを出たところで、凛が食パンマンションとは反対の方へ歩き出した。
「どこに行くんだよ?」
「ちょっとだけ、もう少し話をしようよ」
凛はこちらを見ないでどんどん歩いていく。
仕方がないからついていったけど、話をしようというわりに、凛はずっと黙ったままだった。
クランク状の路地を何度も角を折れて住宅街の中を進んでいく。
糸原中学校の方向だった。
途中、国道から線路を渡ってくる県道に出た。
県道といっても、車がすれ違うのもやっとの細い道で、歩道も片側にしかついていない。
この道を南へ進めば糸原中学校だ。緑色のジャージ姿の中学生が自転車に乗って通り過ぎていく。
一年前まで、僕らはあんな感じだった。
今見るとすごく恥ずかしい格好だ。
全然違う人間になったわけでもないのに、もうあんなふうには戻れない。
時の流れは残酷だ。
高校を卒業したら、同じように「あんな時代には戻れない」なんて言うんだろうか。
道を歩道側に渡って、糸原中学校に向かって歩きながら凛がようやくしゃべりはじめた。
「あたしはずっと高志のことを考えてたよ」
「そうなのか」
「こわいんだよ」
「そうか」
まあ、その気持ちは分かる。
すぐに癒えるものじゃないんだろう。
「朋樹がいてくれるから考えていられるんだ」
凛はふっとため息をついた。
「一人で考えるのは怖いんだもん。なんかさ、振り向いて高志がいたらどうしようって、なんかホラー映画みたいな事考えちゃうんだよ」
僕は何も言えなかった。
どんな言葉も慰めにはならないような気がした。
「あたしだって、本当は高志のこと、ずっと好きだったんだよ。こんな風になるなんて、思わなかったんだもん。どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ」
凛の気持ちはよく分かる。
凛の気持ちは僕にも前から分かっていたんだ。
中学の時からそうだった。
凛の消しゴムに高志の名前が書いてある。
そのことも僕は知っている。
消しゴムの方じゃなくて、絶対に分からないように紙ケースの裏に『高志』って書いてあるんだ。
中学の授業中、隣の席で凛が居眠りしているときに消しゴムを勝手に借りて、誰かの名前が書いてないかこっそり探したことがあるのだ。
見なきゃ良かったよって思ったことを今でもはっきり覚えている。
僕が抱えている秘密はまだ他にもある。
急に体が震えた。
三回見たパンツの秘密はばれていた。
もしかしたらこの秘密もばれているのかもしれない。
凛は糸原中学校の前を通り過ぎた。
「べつにさ、本当は高志とそうなってもあたしは良かったんだけど、なんか今じゃないなって、なんていうか、あたしのタイミングじゃなかったんだよね。それがイヤだった」
「そうか」
「ちゃんとしてほしかったんだよね。まじめにさ。あたしの王子様になってほしかったんだ。あたしのことめっちゃかわいがってくれてさ。すんごくほめてくれてさ。いっぱい好きだって言ってくれてさ。そういう相手だったら良かったんだよね。高志じゃダメだよなあって」
僕は歩きながらうなずいているだけだった。
こちらからいうことなんか何もない。
「中学の時にさ、『おまえ、朋樹のこと好きなんだろ』って高志にからかわれたのがすごくイヤだった。あたし、ずっとそれが忘れられなくてさ。『あんただってあたしのこと好きなくせに言わないじゃん』って高志に言ってやりたかったけど、がまんしてた」
凛が両手を後ろに回して、鞄を背負うような格好で、くるりと僕の方を向いて立ち止まった。
「何でここでそんなこと言うかなって、あいついつもタイミングが悪くて合わないっていうかさ。だからなんか違うのかなって思ってた」
若松神社のブランコで泣いていたときの喧嘩はこれが原因だったのか。
「ぜんぶ高志らしい話だよな」
「うん、そうなのよ」
高志はいつもそうだ。
間が悪いし、ふざけてるし、わざとその場にふさわしいことと反対のことをする。
でもそれは凛といるときに照れているからなんだと思う。
凛のことが好きでたまらなくて、それに耐えきれなくて、ついそんなことをしてしまうんだと思う。
今度のことだって、やってしまったことはいけないことだけど、高志にとっては、いつもと同じ悪ふざけだったんだ。
凛が笑って許してくれるだろうって思っていたんだろう。
でも、そうじゃなかったんだ。
どのお店もシャッターが下りていて、蒲鉾屋さんだけが開いていた。
駅前に出て、黒田書店の前を通り過ぎて跨線橋の階段を上がる。
僕らの家は線路の南側だ。
「なあ、凛」
僕が呼びかけても返事をしない。
でも、怒っているような表情ではなかった。
もちろん楽しそうなはずがない。
おびえているんだろうか。
やっぱりまだ怖いんだろうか。
改札口を素通りして、跨線橋の反対側に出る。
南口の駅前ロータリーを出たところで、凛が食パンマンションとは反対の方へ歩き出した。
「どこに行くんだよ?」
「ちょっとだけ、もう少し話をしようよ」
凛はこちらを見ないでどんどん歩いていく。
仕方がないからついていったけど、話をしようというわりに、凛はずっと黙ったままだった。
クランク状の路地を何度も角を折れて住宅街の中を進んでいく。
糸原中学校の方向だった。
途中、国道から線路を渡ってくる県道に出た。
県道といっても、車がすれ違うのもやっとの細い道で、歩道も片側にしかついていない。
この道を南へ進めば糸原中学校だ。緑色のジャージ姿の中学生が自転車に乗って通り過ぎていく。
一年前まで、僕らはあんな感じだった。
今見るとすごく恥ずかしい格好だ。
全然違う人間になったわけでもないのに、もうあんなふうには戻れない。
時の流れは残酷だ。
高校を卒業したら、同じように「あんな時代には戻れない」なんて言うんだろうか。
道を歩道側に渡って、糸原中学校に向かって歩きながら凛がようやくしゃべりはじめた。
「あたしはずっと高志のことを考えてたよ」
「そうなのか」
「こわいんだよ」
「そうか」
まあ、その気持ちは分かる。
すぐに癒えるものじゃないんだろう。
「朋樹がいてくれるから考えていられるんだ」
凛はふっとため息をついた。
「一人で考えるのは怖いんだもん。なんかさ、振り向いて高志がいたらどうしようって、なんかホラー映画みたいな事考えちゃうんだよ」
僕は何も言えなかった。
どんな言葉も慰めにはならないような気がした。
「あたしだって、本当は高志のこと、ずっと好きだったんだよ。こんな風になるなんて、思わなかったんだもん。どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ」
凛の気持ちはよく分かる。
凛の気持ちは僕にも前から分かっていたんだ。
中学の時からそうだった。
凛の消しゴムに高志の名前が書いてある。
そのことも僕は知っている。
消しゴムの方じゃなくて、絶対に分からないように紙ケースの裏に『高志』って書いてあるんだ。
中学の授業中、隣の席で凛が居眠りしているときに消しゴムを勝手に借りて、誰かの名前が書いてないかこっそり探したことがあるのだ。
見なきゃ良かったよって思ったことを今でもはっきり覚えている。
僕が抱えている秘密はまだ他にもある。
急に体が震えた。
三回見たパンツの秘密はばれていた。
もしかしたらこの秘密もばれているのかもしれない。
凛は糸原中学校の前を通り過ぎた。
「べつにさ、本当は高志とそうなってもあたしは良かったんだけど、なんか今じゃないなって、なんていうか、あたしのタイミングじゃなかったんだよね。それがイヤだった」
「そうか」
「ちゃんとしてほしかったんだよね。まじめにさ。あたしの王子様になってほしかったんだ。あたしのことめっちゃかわいがってくれてさ。すんごくほめてくれてさ。いっぱい好きだって言ってくれてさ。そういう相手だったら良かったんだよね。高志じゃダメだよなあって」
僕は歩きながらうなずいているだけだった。
こちらからいうことなんか何もない。
「中学の時にさ、『おまえ、朋樹のこと好きなんだろ』って高志にからかわれたのがすごくイヤだった。あたし、ずっとそれが忘れられなくてさ。『あんただってあたしのこと好きなくせに言わないじゃん』って高志に言ってやりたかったけど、がまんしてた」
凛が両手を後ろに回して、鞄を背負うような格好で、くるりと僕の方を向いて立ち止まった。
「何でここでそんなこと言うかなって、あいついつもタイミングが悪くて合わないっていうかさ。だからなんか違うのかなって思ってた」
若松神社のブランコで泣いていたときの喧嘩はこれが原因だったのか。
「ぜんぶ高志らしい話だよな」
「うん、そうなのよ」
高志はいつもそうだ。
間が悪いし、ふざけてるし、わざとその場にふさわしいことと反対のことをする。
でもそれは凛といるときに照れているからなんだと思う。
凛のことが好きでたまらなくて、それに耐えきれなくて、ついそんなことをしてしまうんだと思う。
今度のことだって、やってしまったことはいけないことだけど、高志にとっては、いつもと同じ悪ふざけだったんだ。
凛が笑って許してくれるだろうって思っていたんだろう。
でも、そうじゃなかったんだ。