冬至りなば君遠からじ
 ジェラート屋さんの前を通る人が増えてきた。

 イベントスペースでお笑い芸人と糸原奈津美のトークショーがおこなわれると告知が流れた。

 お笑い芸人はテレビで有名な小倉赤丸・末吉コンビとあって中高生などもつめかけてきていた。

「そういえば、先輩は糸原奈津美というタレントさんを知っているんですよね。この前雑誌で見た人ですよ」

 先輩は急に無表情になった。

 知り合った頃のような冷たい瞳で僕をじっと見ていた。

「どうしたんですか」

 先輩は全く返事をしなくなった。

 僕は店から先輩を連れだした。

 表情も意識もなくなってしまったかのように先輩は自分からは動こうとしなかった。

 一階のイベントスペースは大混雑で入れなかった。

 僕は手を引いたり、背中に手を添えたり、介護をしているような感じで先輩をエスカレーターに乗せた。

 二階や三階の通路も吹き抜けのイベントスペースを見下ろしている見物人であふれていた。

 五階まで来てようやく見物場所を見つけることができた。

「先輩、大丈夫ですか」

 声をかけると、無表情のまま先輩はつぶやいた。

「私は身代わり幽霊だ」

「身代わり幽霊?」

「私にぶつかった者の身代わりになるんだ」

「どういうことですか?」

「私は人の災いを取り除くために現れる。その役割を果たしたら消えるのだ」

「先輩にぶつかった人って、まさか」

 凛だ。

 廊下の角でぶつかったのは凛だ。

「凛ですか。身代わりって、凛の身代わりですか」

「ぶつかったのがその者なら、そうなのだろう」

 先輩は表情を変えずに話を続ける。

 ロボットがスピーカーから声を出しているような感じだった。

 その話の内容も現実とはまったく関係のないどこかの時代の話のような感じがした。

 卑弥呼の格好をした人形が「私は邪馬台国の女王だ」と言っているような感じだ。

「おまえに私の姿が見えるのは、おまえの一番大切な者、おまえが一番忘れてほしくない者の身代わりだからだろう」

 それは凛なのか。

 僕にとって一番大切な人は凛なのか。

「私が消えれば、その者に降りかかるはずの災いも同時に消えるのだ」

「先輩が消えるってどういうことですか。夜になると見えなくなることですか」

「私は消えるために存在しているのだ」

 先輩は急に僕の方を向いて僕の目を見つめた。

 その瞳には少しだけあたたかさが戻っていた。
< 76 / 114 >

この作品をシェア

pagetop