冬至りなば君遠からじ
 観客が散っていく中で、先輩は立ち止まったままだった。

「思い出したぞ。私はあの者の代わりに死んだのだ。あの者に起こるはずだった災いをすべて引き受けたのだ」

「村島奈津美という人は死んだんじゃないんですか」

「糸原奈津美に生まれ変わったのだろう」

 ああ、そういうことなのか。

 だから過去の経歴を隠しているのか。

 隠されてしまっているのか。

 先輩がキャナルシティを知っているのも、村島奈津美か糸原奈津美として来たことがあるからなんだろう。

「あの者に私の姿を見られてはいけない。あの者に災いがすべて戻ってしまう」

 先輩は柔和な笑顔を僕に向けて、手を差し出した。

「朋樹、どこか別のところへ行こう」

 それはとてもあたたかな手だった。

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