God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
練習の後、石原を呼び出して2人で会った。
聞けば、あの後石原はどうしたらいいか分からず途方に暮れて、とりあえず校庭辺りをフラフラしていたらしい。そこを、陸上の3年部長に声を掛けられたという。
「3日間スタートダッシュで50メートル全力疾走……って。部長さんから、何故かお願いされて。ずっとそればっかりやってました」
どうしてですかね?
って、俺に訊かれても分からない。
全力疾走。
それを何でお願いされるのか。陸上部の部長か。明日聞いてみよう。
「先輩に迷惑かけちゃって済みません」と、石原は小さくなる。
「全然、迷惑でも何でも無いよ」
今日のことは仕方ないというか。OBが絡んでいるし。
石原は、ぱっと顔を上げて、
「でも僕が出ないとなると、他の先輩がレギュラーで出れるじゃないですか。3年は最後だから。やっぱ全員で出たいですよね」
そういう問題じゃない。
石原が、無理に明るさを装っているように見えるのは気のせいか。
ひょっとして黒川に気を使っている、とか。石原は実力があるのに遠慮がちだ。もしかしたら見えない所で嫌がらせを受けているのかもしれない。
「俺は、石原に出てもらいたいと思ってるよ」
今度は俺が石原の背中を押してやらないと、と思った。
いつだったか、松下先輩がそうしてくれたように。
「ていうか、桐谷のヤツ、あいつそろそろ2メートルだろ」
俺は唐突に、身長が急に伸びた部員の話をした。
白状しよう。
石原が涙ぐんだように見えて、咄嗟に話題を反らしたのだ。
「はい。そろそろ大台らしいです。でも上には上が居て。サッカー部に」
「あぁ、居るね」
2メートルを越えた部員が。
俺達の会話は〝その体容量を活かして、そいつは何故ゴールキーパーをやらないのか〟という雑談に取って代わり、そこから〝サッカー・ワールドカップ3位のベルギーから2点をもぎ取った日本のFIFAランク、これからどうなる?〟という何でもない話題で、石原としばらく話し込む。
どうにか落ち着いた、と見えた。
そろそろ8時のミーティングだという時分になり、「それじゃ失礼します」と石原は立ち去るように見せて、くるりと振り返ると、
「あの……右川会長さんと仲好いんですか?今って、どうなって」
気遣いと野次馬根性をゴチャ混ぜにして、石原はブッ込んでくれたな。
これが浅枝に伝わったら、と警戒。
「んな訳ねーだろ。それ次また言ったら、シバくから」
石原はワザとらしく身体を震わせて悪戯っぽく笑うと、その場を立ち去った。
〝俺は、振られました〟
頼むから、もう誰も何も訊かないでくれ。
兄貴を筆頭に、寄ってたかって傷口をこじ開けられている。
スマホを取り出した。ノリから1件。他のライン・グループから何件か。
右川からは、あれ以来、何も来ていない。
傷口を広げてくるのは、あいつも同じだ。タチが悪いとしか。
いい加減にしろ、と右川にも自分にも言う。

合宿4日目。
朝練の時間を見計らって、俺はさっそく陸上の部長に会った。
やっぱりというか、右川の兄貴に頼まれたらしい。
「タイムを縮めるまで戻ってこないように拉致しろってさ。聞かない訳にいかないだろ。オレがやばいよ」
それを横で聞いた石原は、「そんなに邪魔ですか」と項垂れる。
「僕は平気です。あの人、右川会長のお兄さんですよね。衝突とか、もうしないでくださいね」と知ってか知らずか、こちら側の事情にまで気を遣った。
早朝から、「今日のノルマをこなさないと」と、健気にダッシュを繰り返す石原を見ていると、こっちが泣きたくなる。
兄貴の生け贄祭りに、いつまでも付き合っている暇はない。
大会も近い。何とか石原を戻さなくては。
何とかしてやりたいと思うが。
「てめぇ遅いぞ!元カノと遊んでる場合か!カズミにチクるぞ!」
クソ兄貴はやってきていた。それも朝1番。
はっきり項垂れる。
だから違うって言ってんのに!(こんな早くから桂木も居ねぇよ!)
ここまで言われ続けると、よく知らない後輩あたりには、「とうとう右川会長と」「ていうか、また右川会長と?」「で、今回はどんぐらいバズるんすか?」と緩く認知される恐れが確信に変わる。
それも困るというか、屈辱だった。もう本気で忘れたいといってるのに!
ふと見れば……黒川が備品に埋もれて、淡々とタオルをまとめていた。
どこまでも終わってる。プライドないのか。ある意味、大物。石原の気遣いは全く無用だ。黒川には、後輩に嫌がらせする程の気迫も感じられない。
俺は昨日と同様、兄貴に命令されて1年生と一緒にパスの練習を延々とやっていた。
そこへ、兄貴がやってくる。
びくっ。
俺も1年も、自動的に身体が縮んだ。
「いつまでも同じ事やってんじゃねーよ。今度は工藤と組め」
仕方なく、工藤を相手にトスを上げた。ずっと同じ事だ。さっきと何が違うのか。どうして俺が……。
嫌々やっていると、またまた兄貴がやってきた。
びくっ。
無意識で、身体が反応する。
兄貴はにっこりやって来たかと思うと、
「ちゃんとやれよ!」
頭をゲンコツで、ド突かれた。
黒川の気持ちが、今初めて分かる。痛いほど。
これは、極上の嫌がらせだ。
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