God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
薄暗い学校までの道を俺はイライラしながら歩いた。
スマホを見ると……桂木ミノリ。
勢い、桂木にメールした。頼み込んで、右川と繋ぎを取る。
あいつは一体、どこで何してんだ。
桂木は、すぐに返信をくれた。
聞けば、右川はマクドナルドでバイト中だと言う。
ホッとした……ていうか、急激に怒りが盛り上がった。
午後6時……家でメシを食うはずだったのに!
マクドナルドに到着した時は、午後7時。熱さと空腹で体が燃える。
桂木経由で、『出て来い!』と言えば、
『こっちのセリフだよ!』と右川も負けじと返信。
『何でおまえが逆ギレ。そんな資格ないだろ!……と、送って。よろしく』
桂木を間に挟んで、しばらくはメールの応酬が続く。
『もう、2人掛かりで、あたしに怒らないでよ』
そこから桂木経由で聞いた事には……兄貴がそっちに行くかもしれないけど余計な事言わないで!と、それを伝えたくて、何度も何度もメールと電話。兄貴に何度も何度も邪魔されて、留守電は意味不明。
『あ、今は取り返して手元にあるから、いつでもラインちょうだいね♪』
桂木には最後にそんな脳天気なメールを寄越した、と。
だったら、俺にもその顛末をサッサと報告しろよ!
そんな事全く知らない俺は、危うく別の勘違いをする所だったじゃないか!
ノドの奥、まだ飲み込めず、吐き出す事もできないカタマリが疼く。
……こんな事、もう終わりにしたい。
県道沿いのマクドナルドは、ドライブスルーの車でひっきりなしだ。
店の中からは、好い匂いがする。広いテラス席、スポーツ帰り団体客の行列、店先では、ドナルドが笑顔で立っている。
そこに、スマホを片手、右川が営業スマイルを携えて、外に出てきた。
颯爽と出た所で熱風に煽られて、それに1度だけ顔をしかめる。
俺と目が合った。
あれ以来、久しぶりの再会。
顔は、以前よりうっすら日焼けしていた。噂が本当なら、他にも色々やっているらしいから、察するにバイト焼けだろう。受験生とは到底思えない。
右川と対峙した。
マックのユニフォームが眩しい。よくサイズがあったもんだ。
「こんな時期にバイトって。余裕だな」
第一声は、つるんと出た。
「こんなことやってる場合かよ。受験どうすんだ」
「……」
「バイトなんて、受かってからでも出来るだろ」
「……」
「この夏休みがどんなに大切か、おまえは全然分かってない」
何を言っても黙ったまま、右川は静観している。それが不気味だった。
だが、いつかのようにシラけているとも違う。
何やら良からぬ事を企むような、目ヂカラが戻っている。
「さすが45。その台詞、そのまんま親父から言われちゃってますが、それ以上に何か」
嫌味を言えるほど、回復したか。
引き下がる訳にはいかない。今日は言いたいことが山ほどある。
戦闘開始だ。
「その親父だけど、今日うちに来たぞ」
右川は、チッと舌打ちした。
「はいはい。さっそく電話で怒られたよ。もー面倒くさい!あんたがうちに来たりなんかするから」
「受験放ったらかしでバイトやってるからだろ。親に余計な心配させて」
「あたしの勝手。心配?知らなーい。食べた事なーい。それが余計だよ」
「そういう余計な事をされたくないなら黙って外泊なんかすんじゃねーよ」
「外泊じゃなくて家出ですから」
「余計に悪いだろが!」
「もう!あんたのおかげで楽しい家出が台無し」
「台無しはこっちだろ!まるで俺が関わったみたいに疑われて」
「ふん!あんたなんか罪だけ被ってボコボコにされちゃえばいいんだよ」
さすがに絶句した。
これが悪意でなくて、何だろう。
負けるな、俺!
「その楽しい家出の延長が独り暮らしか。それがまた余計だろ。金が勿体ない。言っとくけど俺はおまえの世話なんか金輪際しないからな。山下さんの代わりとか絶対ゴメンだ。そういう下らないオマケより大学を先に決めろ」
「なにそれ。頼んでねーし。あんたにアキちゃんの代わりが勤まると思ってんの?家で全部よしこにやらせてる癖にさ。なにエラそーに、親でも従兄弟でもないのに!」
「そうだよ!俺は親でも従兄弟でもねーよ。当たり前だろ。わかってんのか?俺は桂木ともケジメをつけたし、おまえにも自分の気持ちはちゃんと言ったんだからな」
「コクって振られといて、何でそんな強気?あんた、どこまで天狗?」
「軽~るく簡単に振られて、簡単に収まるワケねーだろ!」
「それそれ!親に向かってコクったとか振られたとか軽~るく言わないでくれる?ガキのくせに色ボケすんなって親父にどんだけ怒られたか!あたしが!」
「怒られて当前なんだよ!」
目についたポテトの紙くずを拾って、右川に投げつけた。
見掛けた客はドン引き。店内の客は、ガラス越しにこちらを窺っている。
右川はスマホを開いて、「バイト終わり。帰る」
逃げ出すとみた。
「話、途中だろ!」
「うるせんだよっ!」
マジで手が出そうになる。
「とりあえず、どこでもいいから大学決めろ。それで親父を黙らせろ」
「とりあえず、進学しない。あんたが黙れ」
右川は、ゲンコツをテーブルに叩き付けた。
「あたし、今最高にノッてるんだからっ!」
ノッてる!?
呆気にとられるとは、この事だ。
右川は勢いよく立ち上がり、テラスのゴミを回収して、意気揚々と入り口に向かう。途中からは店内音楽にノリノリ、弾ける作り笑顔でバックルームと思しき扉に消えた。
もう落ち込んでない。
俺を見ても、恥じらいとか戸惑いとか、終始何とも思っていない。
それが信じられない。
哀しいを通り越してド頭にくる。勇気を絞り出して告白した結果がコレだ。
もうちょっとこっちを意識するとか、何でもいいけど以前と違う反応は無いのか。片思いってこんなに悔しいもんかと、改めて桂木に土下座したくなる。
もう知らね。
ほんとに知らねー。
とりあえずシラけてなかった。それだけの事だ。
マクドナルドで腹ごしらえをするのも癪に触ると、俺はコンビニに向かった。
パンもお握りもサンドイッチも……今日はまとめて、大人買いしてやる!
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