God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
「もぉ!ゆくゆくはそういう事もあるでしょって言っただけじゃん!」
「それで大学も行かないで家事テツか。うちはそんな金持ちセレブじゃないぞ。甘えた事言いやがって」
「だーかーらー!ちゃんと店で働くって!これのどこが甘えてんのよッ!」
ゴン!と鈍い音が続いた。
「成績もだけど、ご両親とよく相談してみたら?働くにしても、専門学校行って資格取ってからとか、未来の選択肢はたくさんあるんだから。これから一緒に、真剣に、探そうね」
声が……外までダダ漏れ。
怒涛の右川家が出てきて、海川家が続いて静かに入る。
右川の父親は、「まったく何考えてんだか!」と、ブツブツ言いながら、他の親が必死で笑いをこらえているのを見て、一度は黙った。
すぐに鼻息荒く、「東大受かって蹴っとばした兄貴も兄貴なら、ガキのくせに結婚とか言い出すカズミもカズミだ!なんだってウチはこんなのばっかり!」
それを聞いた瞬間、笑っていた親同士が固まる。
兄貴が東大と聞いて……侮れないという雰囲気が流れたか。
右川の父親と目が合った。反らすのもなんだと思って咄嗟の事、
「あの、いつも……お店の山下さんにお世話になってます」
親父は考える間を置いて、
「あー、フミアキんとこ。……そうだ、折角だから、今日はあいつんとこにも寄って行こう」
右川は、舌打ちした。余計なことを!という目だ。
「行かなくていいよ。アキちゃんは店が忙しいんだから!」
「そういう訳にいかないだろ。いつも世話になってんだし。あ、何か買っていくか。何がいいかな。酒は久保田で純米大吟醸か」
「もおー!いいってっ!」
生気を奪われたゾンビのように、ぐったり、右川は親父の後を付いて帰っていった。
嵐が去って、急に静まり返る。
このまま無かった事に……なる訳がなかった。
棚上げした難問に、まだ決着が着いていない。今こっちはそれどころじゃないのよ!という気迫が、我が母親の表情から読み取れる。
タダならない雰囲気と母親の気配を、ひしひしと感じる。
桂木は俯いている。
周りは不気味なくらい静かだった。
桂木の母親はまっすぐ前を向き、後はそちらさんの出方を窺っています、という態度で、投げた賽の行方を推し量っている……と見えるけど。
……もう、帰りたい。
海川家が終わり、続いて桂木家が教室に入った。
その途端、堰を切ったように俺の母親が口火を切る。
「どこのお宅も、最近の子供は親に何も言いませんからね。都合の悪いことは隠せばいいと思ってる。親にはバレないと思ってるんだから、こっちも舐められたもんで」
「男の子は特にそうですもんね」
黒川の母親が穏やかに受け流しつつ、俺の母親のグチを聞いて何度も頷く。
その息子は窓にもたれ、横目で見物しながら、シラけて笑っていた。
余計な事を言ったらタダじゃおかない。
程なくして、桂木親子が出てきた。帰っていくその背中から、親子の会話が聞こえる。
「滑り止めに地元の大学って、お母さん聞いてなかったからちょっと驚いた。修道院て……すぐそこの?今頃、急にどうしたの?」
息が止まるかと思った。……まさか。
我が母親は、桂木親子の後姿を、どこか疑うように眺めている。
「やめろよ、そうゆう目で見るの」
「うちは男ばっかりで分からないけど、女の子を持つ親御さんは別の心配で大変よね」
その心配の原因はおまえじゃないか、と暗に息子を脅迫している。
受験で頭が一杯な息子に向かってこれに関して説明とか言い訳とか、この際だから色々と追求したい所だけど、それはまぁ家に帰ってから、おいおい……という拷問だ。
魑魅魍魎・地獄絵図。
考えるだけで憂鬱である。

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