God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
全部オマケだ。

この夏、いくつもの嵐が通り過ぎた。
1番驚かせたのは、予選大会、バスケ部が初戦で負けて戻ってきた事だ。
「す、すいませ、ん」
永田は、仲間に引きずられて無抵抗。見るも哀れ。
バレーの予選大会は決勝までラクラク進んだ。
決勝では接戦の末、優勝候補に惜しくも負けてしまったけれど、「双浜にすごいのがいる」と、石原の名前は響き渡り、来年はすごい事になりそうな予感がする。5年前の右川伝説、そのままに。
親父と兄貴の呪縛を解かれて、右川はまたバイトを増やした。
ラインによれば、『50万貯めるんだ♪』その下、進撃のミカサがスタンプで笑う。軍人の言葉でも無いし、受験生の言葉でもない。
マジで進学はどうするつもりだろう。
あれから……時間を見て会おうとしたけど、あっちはバイト。こっちは部活と塾。結果、残りの夏休みは8日間となった。
夏の予選大会が終われば、3年は受験生という名のただの人。
卒業までとにかく勉強。貝のように閉じて過ごすと思っていたけど……今年は思いがけず、夏休みが長すぎた。
今だって2学期までも待てないというのに、あと1週間もあるじゃないか。
新学期が始まってバタバタしている間に、一ヶ月以上なんかはアッという間に終わる。放っといても、黒川と俺は違うという事が証明されるだろう。
コクって、振られて、邪魔されて、まとまって、色々と有りすぎて有りすぎて……今は結局、何だか元のまま。ラインには、大学どうすんだ受験どうなんだと、夏休み前と同じ内容が躍る。この数日間というもの、世間とは別世界で、俺の頭の中だけが忙しく回ったような。
アッと言う間だ。俺の夏を返せ!とか、言いたくなる。
これから塾という日。
今日は時間があったので、一駅乗って、右川のバイト先に立ち寄った。
いつかのドナルド。今日は穏やかに微笑んで……と見えるのは気のせいか。
(気のせい。)
見ると、松倉と進藤が仲良くテーブルを囲んでいる。
すぐに見つけて(というか見つかって)、「沢村先生、カズミちゃんにちゃんと謝った?」と、進藤からいきなり脇腹を突かれた。
「謝る?俺が?何を?」
変だろ、それ。
「だってカズミちゃん、議長のせいで色々と面倒くさい事になった、って」
「それ、こっちの台詞」
親父だの兄貴だの、色々と面倒くさい事に巻き込まれたのは、俺だ。
ていうか、2人は俺達の事を、どこまで知っているのか。
「でも良かったよね、カズミちゃん」と、進藤は改まって、
「失恋は可哀相だけど、今はもう呪いが解けたっていうかさ」
そこから俺に聞かせるように、「今までは、どっか遊びに行こうって誘っても、いつもお店の手伝いがあるからって断られて。でも今年の夏は……ね」と今度は松倉に向いて、「今年は買い物にも行ったし、ディズニーランドで遊んだし、推しのアニメショップも」
右川は随分、夏を満喫したようだ。バイトしてるから金にも困らない。
改めて、受験生の夏とは到底思えない。
……何だろう。急に景色が遠くなる。やけにザワつく。
こういう時、思うのだ。
この夏を、彼氏と共に過ごすというプランは無かったのか。
2人は顔を見合わせて、「「夏休み、楽しかったねーっ」」と微笑んだ。
これが遠回しな嫌味だというなら、進藤は悪意のカタマリだ。
だが、進藤はそういう女子ではない。
そして、俺の顔色を窺わない松倉も含めて、俺達の事は知らないと見た。
悔しいからここでカミングアウトしてやろうか、と思ったけど……右川が何も言ってなかったら、それはそれで面倒な事になる。
今は口を閉ざそう。新学期が始まれば、そのうち嫌でも伝わる筈だ。
「今はヨリコの方がぁ~、お断りだよねぇ~」
松倉が突くと、「夏祭りん時の1回だけじゃん」と進藤が顔を真っ赤にする。
進藤の惚気あるあるが、しばらく続いた。(ていうか、いい加減にしろ。)
2人は先週、修道院大学のオープンキャンパスに訪れたと言うので、そこからしばらくはその話題で話が弾んだ。修道院大学は、この夏中、いつでも予約を受け付けている。
「俺も1度は行かないとな」
「てか、沢村くんはぁ~、何でここに来たのぉ~」
これから塾で。
ついでに寄ってみた。
しれっと誤魔化すにも程がある。
これから帰るという2人とはそこで別れて、俺は腹ごしらえに店内でハンバーガーを調達、外のテラス席に落ち着いた。
まだまだ残暑が厳しい。さすがに、好き好んで外を選ぶ客は居ない。
そこへ、バイトを終えて、右川がやってきた。
2度目の私服姿。
何の変哲もないGパンとTシャツ。それでも何だか妙に、新鮮に映る。
小学生ですと言われたら、そうとも見える。こうして2人で並ぶと〝仲の良い兄妹〟を確実にするだろう。
分かり切った事とはいえ、胸無ぇな。(兄貴も言ってた。)
一連の出来事は、娘を心配する父と、妹を遠巻きに見守る兄が、裏で結託。
ついでに、バスケ部の可愛い後輩をこっぴどく振ってくれた野郎に、報復。
桂木は、「面白そう」と、それに乗っかった……。
家出の真相を確かめるついでに俺は利用され、遊ばれて今に至る。
周囲を巻き込んで大騒ぎ、自分から巻き込まれたヤツらは祭りを楽しむ……やっぱり右川の兄貴だと思った。
その兄貴だが、「そら豆、食えよぉ。おりゃ!」と、俺ら後輩に喝を入れて(ヤキを入れて)、北海道に帰っていった。
北海道とそら豆。関係あるような無いような。
その北海道で、一体どんな何をやっているんだろう。東大を蹴ってまで。
違う意味で興味が湧く。聞けば、そっちに彼女が居るらしい。
「彼女って言うけど、どうせまともな人間じゃないって。クマとかキツネとかゴリラとか」
妹の方は、まだ怒りが収まっていない。
「おまえそれ、ちょっと言い過ぎだろ」と、つい兄貴を庇ったらば、
「はあ?何肩持ってんの。バカじゃないの。あんた影で変態とかキモいとか、今も散々言われてんだよ」
「言われてるって……わざわざそんな酷い事、教えてくれなくても」
それ以上に酷い事は合宿中にもかなり言われた。
変態とかキモいとか、あの兄貴ならどこでもそれぐらいは言ってるだろうという諦めもあるから……俺としては、不問に処す。
口元が緩むのを誤魔化すように、俺はドリンクを煽った。
ここに、こうして一緒に居られるのは、その兄貴のおかげなんだから。
あの日。
熱中症の、その後の顛末。
崩れ落ちた右川を抱きかかえて体育館に戻って来た俺は、「かっけー!」「お姫様抱っこ!きたーっ!」「沢村が宇宙人を捕まえたゾ!」と、フザける周囲を推し除けて、兄貴に直行。
「多分、熱中症です」と訴えたら、打って変わって、兄貴は顔色を変えた。
「水持って来い!タオルを濡らせ!誰か陸上部で氷パクって来いよ!」
ひたすら妹をタオルで仰いで、その意識を確認。
「毎年1度はやるんだよ。このクソガキが」と憎まれ口を叩きながらも、そこは……妹を心配する兄貴の顔だった。
いいお兄さんじゃないか?
右川は納得いかないとでも言うように、ケッと悪態を付いて、
「すーっかり、洗脳されちゃってんだ。うわ、ちょろい」
「おまえだって、みんなを洗脳しただろ。ノリとか阿木とか浅枝とか」
「みんな喜んで付いて来たんだよ。ホイホイと。あんたもそうでしょ」
「は?」
またしてもドナルドをレフェリーに乱闘寸前!……は避けたいと、ここはグッと我慢した。
「ところで進学どうすんの。本気で就職なの?」と、やっぱりそこに来る。
「あ、言ってなかったっけ?受ける大学決めたんだよ」
聞いてねーよ!
肝心な事を、どうして出来たばかりの彼氏に報告しないのか。
怒りが再燃という感じだが、その先を聞きたいので、ここでも我慢した。
右川は、あれから何度か学校に出向いて、吉森先生と面談していたらしい。
(補習も)
「あたし側として、条件がいくつかあったんだけど。何とか、まとまって」
「条件て……」
いくら少子化だからって、おまえが選べる立場かよ。
だけど、それを言ったら話が終わる。またまた飲み込んだ。
「で、その条件とは。取れる資格。環境。近いとこ」
「あーそんなのは、全然どーでも良くて」
「それ以外に何があんだよ」
「だーかーらー、もっとバイトがしたいので、そこんとこ、よろくし♪」
「まだそんな事言ってんのか」
溜め息が出た。
「これがメインだもん。譲れない。あと独り暮らしもしたい」
「まだ諦めてないのか」
そこまで熱烈に望んでいるとは、純粋に驚く。
「ここの店長がアパートで独り暮らしなんだけど、もー羨ましくてさ」
マックの店長。独身。女の人。
「インテリアもセンスいいし、ご飯も美味しくてさ」と、やけに楽しそう。
「今日も店長んとこにお泊りするんだ♪」とか言ってる。
俺の知らない右川だと思った。
独り暮らしを何故そこまで求めるのか。どういう憧れを抱いているのか。
これからじっくり聞いてみたい。
そういう深い話も、落ち着いて出来ると思う。
これからは。
「あたしとしては……バイト。独り暮らし。ついでに大学も行っとくか」
右川は、指折り数えて、1人で悦に入る。
大学はついでか。
というより。
「独り暮らしなんて、そんなの絶対無理だろ。あの親父が許す訳無いし」
だけど、もしそうなったら……自然に口元が迷い始める。(バカです。)
「その辺は親父とも話してさ、それはひとまず置いといて。大学決まって、落ち着いてから住むとこなんかはゆっくり探せばいいじゃんって事で。とりあえずしばらくはバイトでお金貯める事にしたんだよ。で、働きたいなら2部に行くかってことになって。修道院大学。あんたも居る事だしさ」
俺の努力は、ここにきてやっと報われたと言える。
2部。つまり夜間。
それに偏見は無いけれど、それに続くメインが問題だった。
アルバイトしたいから。独り暮らししたいから。
メインと言っても、俺からしたら全部オマケだ。
まさか、俺もそのオマケの1部なのか。怖くて聞けない。というより、そんな事で大学を決めていいのか、と。
「のぞみちゃん先生も、それならいいんじゃない、ってさ」
吉森はどこを聞いて何を許したんだ?
こうなってくると嬉しいというよりも、あんまり安易でいい加減で、つい説教したくもなる。
そして……もう詫びるしかない。
俺自身、結果的に滑り止めに決まれば、それでもいいけど。
もう胸の辺りが苦しくなってきた。
手のひらを返したように他の大学を受けるとは、簡単には言えそうにない。
だけどいつかは分かる事。吉森先生にも、そのうち自分から伝える。
俺が直接何も言わないまま、他の誰かから人づてに聞いたりしたら、いくら右川でもショックが大きいのではないかと思った。
ちゃんと……言う。
覚悟を決める。
深呼吸した。

「俺さ、国立受ける事にした」





<Fin>

.:*゚..:。:. ☆o。.:*゚:.。:. ゚・*:.。..。.:*・゚ o☆.:*゚..:。:. ゚・*:.。..。.:*・゚.:*゚
第11話 予告。
.:*゚..:。:. ☆o。.:*゚:.。:. ゚・*:.。..。.:*・゚ o☆.:*゚..:。:. ゚・*:.。..。.:*・゚.:*゚

らす♪
新学期。
紆余曲折を経て、付き合い始めた沢村と右川。
普通に上手くいく……筈がない。

お楽しみに♪

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