春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「(教えてくれて、ありがとう)」


「っ…」


お願い、伝わって。
音になってくれない声だけれど、どうか。

もう一度唇を動かせば、聡美に思い切り抱きしめられた。


「聞こえてるっ…聞こえてるよっ」


「(…よかった)」


「ちゃんと、聞こえたよ…っ」


涙に濡れた声で、私の名前を何度も呼んでくれている。

ただ、それだけで嬉しかった。嬉しくて仕方がなかったの。


程無くして顔を上げた聡美は、この上ない優しい微笑みを飾る。


「柚羽って、呼んでもいいかな?」


「(うん…!)」


唇を動かしながら頷けば、聡美は笑った。

好きだな、と。ただ漠然と、そう思えた。
私はそう簡単に人を信用する人間ではないけれど、彼女は心を砕くに値する人だと思う。


友達、と名を付けていい関係なのだと信じながら、教室へと戻る道を軽い足取りで歩く。
< 10 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop