春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(すわ、くん…)」


鼓動が全力疾走をしている。

その名を唇に乗せた私を見て、彼は安堵の息を漏らした。

次いで、柔らかな笑みを浮かべる。


「うん、諏訪だよ。もう、びっくりしたよ。柚羽ちゃんが落ちてくるとは思わなかったからさ…」


「(落ちて…)」


言われて初めて、自分が諏訪くんに抱かれていることに気がついた。

彼は落ちてきた私を抱きとめてくれたのだろう。無数の通行人から視線を浴びながら、片膝をついて私を抱き起こしている。


「(ご、ごめんなさい…!)」


私は慌てて起き上がり、諏訪くんに頭を下げた。

諏訪くんはふわりと笑いながら、首を横に振っている。


私は辺りをぐるりと見回し、記憶を巡らせた。

確か、教室を出たところで、何人かの女子生徒から記憶のことを言われて―――


「みーつけた!」


その声が廊下を響くと同時に、隣に居た諏訪くんが私を庇い立った。

軽やかに階段を駆け下りる沓音が踊り場に響く。

曲がり角から姿を現したのは、ひらひらと制服のスカートを揺らしながら歩いている少女と、その手を取り歩く男。

―――神苑の姫と総長。
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