春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「てめえ、いい加減にしろよ。神苑の姫に向かって、その口の利き方はねえんじゃないのか」


「―――神苑の姫だから、なに?中身はただのクズじゃん」


彼らの背後から、聞き知った声が降る。

光に反射して煌いたのは、サラサラの黒髪。

そして、紺色の瞳。


力強い眼差しと交差した瞬間、吸い込まれるように見入ってしまった。

誘われるように、音のない声でその名を呼んでしまう。

唇が、動いた。

りと、と。


私の唇の動きを見て、言葉を読み取ってくれる彼は、いつものように口元だけで微笑んだ。

目を見開いている二人を横目に、優雅な足取りで階段を下りていく。


「…権力振りかざすのって、楽しい?気に食わないからって、無茶苦茶な理由を並べ立てて、生徒に暴力を振るう気分ってどうなの?」


「お前、」


「神苑だからって、何でも許されると思ってる?…もしそうなら、どうしようもない人間のクズだね」


りとはそう言い放つと、ポケットに両手を突っ込み、私たちのもとへと歩み寄ってきた。

その背後で、怒りを露わにした夏樹さんが拳を作っているのが見える。


「(り、と)」


危ない、と声にならない声を唇に乗せた、その時。
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