春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「お前……」
夏樹さんは神苑の総長としてのプライドが許さないのか、般若の如く顔を歪めた。
この学校の支配者と恐れられていた男は、いとも簡単に尻餅をつかされたのだ。
ひとりの麗しい青年によって。
「晏吏、古織。怪我は?」
「ないよー。柚羽チャンもない、かな?」
私は頷いた。
りとは安心したように笑うと、「永瀬、もういいよ」と声を上げる。
すると、慌ただしい足取りで、聡美が階段を駆け下りてきた。
「柚羽!!!」
「(さとみ、)」
三つ鞄を持った聡美が、突進する勢いで私に抱き着いてくる。
その両目は薄く涙の痕があった。
私はまた心配をかけてしまったのか。
こんな私のことを、聡美は。
「―――てめえら、神苑を敵に回したってこと、覚えておけよ」
紗羅さんの肩を抱いた夏樹さんは、去り際にそう言い捨てたが。
「無理、覚えない、忘れる。俺が覚えるのは、中間テストの英単語だけ」
「ふはっ、」
臆することなく言い返したりとを見て、諏訪くんは吹き出した。