春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(…どうして、)」


「古織?」


「柚羽、今何て―――」


相も変わらず声にならない声を放った私を見た二人は、永遠に聞こえない声を、言葉を拾おうとしてくれる。

二人は優しい人だ。私にとっては優しすぎるくらいに。


声が出なくたって、唇の動きから言葉を読み取ってくれた。

声を上げて泣けない私の代わりかのように、涙を流してくれた。

乱暴をされそうになれば、たとえ無関係であろうとも助けてくれた。


でも、それでは駄目なのだ。

声が出なくたって、記憶がなくたって、私は私。

古織柚羽というひとりの人間だ。


私は知らなくてはならないのだ。そうすることで誰かが悲しむとしても、すでに悲しんでいる人がいるのだから。


「…柚羽チャン」


俯いた私と目線を合わせるように、諏訪くんが少し屈んで私の顔を覗き込んだ。


「(諏訪、くん)」


「うん」


「(答えて、くれますか?)」


ただ、それだけの言葉を唇に乗せた。

何のことかすら言っていないのに、諏訪くんは分かっているようだった。

ふわりと笑って頷く。


「いいよ」
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